短編

□愛しの殺人女王
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吉良吉影はいつも通り、会社での仕事を終える。昼時にハプニングが1つあったが、それもう取るに足らないことだ。それさえ除けば、今日もいたって普通。目立つことのない1日。ストレスもなく、平穏な生活、これ以上の幸せなどない。そう、あとは新しい"彼女"を見つけさえすればさらに幸福な生活になる。

昼、"彼女"を見てしまった重ちーという中学生を殺めた吉良は、その日の夕方にはすでに新しい"彼女"を手に入れた。平穏な生活を愛する、一見平凡な男の平凡ではないところ。それは彼が人を殺さずにはいられず、そして美しい手だけを愛しているという点だった。彼好みの美しい手だけを残し、女を殺して行くのだ。そしてそれを目撃した人物も同時に消されて行くのだ。
その日、新しく手に入れた美しい手、"彼女"とのこれからの生活に想いを馳せる吉良の目の前を、ちりんと鈴を鳴らして黒猫が通り過ぎていった。



次の日、いつも通り出社して、その日も何事もなく1日が終わる予定だった。1人の女に声をかけられるまでは。


「吉良さん、少しお時間よろしいですか?」


荷物をまとめ、帰り支度をしていた吉良は、声をかけてきた女を見やる。スーツに着られているのがありありと見えるその女は、どうやら新入社員のようであった。波風を立てるのも忍びない、吉良はその女の申し出を了承し、彼女について行くことにした。
連れてこられた場所は非常階段。こんなところで一体なんだと、怪訝に思う吉良に対し、女はもじもじとしだす。あぁ、そういうやつか…と察した吉良は何を言われても後腐れなく断れるように心の準備をする。美しい手、"彼女"という存在がある限り、どんな女性が言いよってこようと、吉良が靡くことはないのだ。

ちりん、と鈴の音がする。
ふと何気なく、その音の出所を探すため、視線を動かす。吉良の動かした視線は、いつの間にか女の足元に現れた黒い猫をうつした。


「あぁ、やっぱり、やっぱり貴方ですよね。どうしましょう、こんなに近くにいただなんて…」


黒猫は女の足元にちょこんと座っている。この女のペット、だろうか。吉良からしてみれば定かではないし、正直どうでもいいことこの上ないが、動物を会社に連れ込むとは非常識なことだ。
話し出したかと思えばなんの脈絡もなく、恍惚とした表情で訳のわからないことを言う。妙な女に目をつけられてしまったと、吉良は内心落胆する。


「それで、何かな、話というのは」
「そう、そうでしたね。1人で盛り上がってしまってすみません。吉良さん、あのですね、私、お名前を伺いたいんです」
「……私の、かね?すでに知っている通りだと思うが?」
「えぇ、吉良さんのお名前は知っています。私が聞きたいのは、貴方のスタンドの名前です」
「…!」


吉良は絶句する。なぜ、この女が吉良のスタンドの存在を知っている。スタンド、という言葉を知っていて、この口振りから察するならばこの女は間違いなくスタンド使いという奴だ。まさかまさか、昨日、不幸にもこの女に犯行現場を見られたとでもいうのか。だとしたら非常にまずい。


「不幸だなんて思わないでください、吉良さん。寧ろ見ていたのが私で幸運でしたよ。それから、そうですね、この非常階段、運良く誰も近付くことも無さそうなので、どうぞ安心して私に貴方のスタンドの名前を教えてください」


にこにこと笑顔でいるこの女が腹立たしい。ただ、なぜこの女はスタンドの名前などを知りたいと言うのか。


「なんの話だかさっぱりわからないんだが。スタンド?とは一体何だい?」
「いやですね、わかっているくせに。貴方、私のスタンド…《ブラックキャット》の姿が見えているじゃあありませんか」
「その黒猫…!」


ふふっと、女が笑う。足元にいた黒猫はゆらりと消え、またゆらりと現れたかと思えば女の肩の上にちょこんと座った。そして愛らしく前足をあげ、手招くような仕草をしてみせる。吉良にとってはそれさえも腹立たしい。あぁ、なぜ。2日も続けて誰かに見られるなんて不幸が襲うのだ。


「ねぇ、どうして教えてくれないんですか。私、別に貴方がみんなの探している殺人鬼だって誰かに言いふらそうだなんて思っていませんよ。むしろ言う気なんてありません。私は貴方のスタンドの名前が知りたい、それだけです」
「……みんな…?あぁ、君はあれか、仗助、とかいう高校生の知り合いか?それこそ信じられないな」
「えぇ、そうでしょうね。でも、言う気があったら昨日のうちに話して、貴方に話しかけるなんて危険なことしたりしません。それに、正直貴方に殺された人たち、私にはなんの関係もないんだから、貴方を捕まえようだとか、私が思うことの方がおかしくありません?そんなことよりも私は吉良さんのスタンドのお名前の方がずっと自分に関わってくる重大な事柄なんです」
「……」


この女は狂っている。
人の死よりも自分の利益を求めている。それはまだ他の誰かにも言えるのだろうが、この女にとっての利益というのご何故だかわからないが吉良のスタンドの名前を知ることだと言う。なぜそんなにも固執するのだ。


「信じていただけないなら私のことお話ししますよ。私はみょうじなまえ、今年入社して、謎の弓矢でスタンド使いになりました。スタンドの名前は《ブラックキャット》、能力はこの子が目の前を通り過ぎれば不幸が訪れる。そして、逆にこの子が手招きをすれば幸運が訪れる、素敵でしょう?今は手招きしているので幸運なことにここへは人は来ません」
「……」
「まだ信じてくれませんか?それなら…そうですね、貴方のスーツか何かのボタン、重清くんに取られたんですよ。昨日空条承太郎という人が持って帰って調べる、と言っていました。もしボタンをお店か何かに預けて直してもらうようなら、気をつけたほうがいいかと思います」


なんなら吉良が捕まらないよう最大限に支援するとまで申し出て来た女。本当にこの女の言うことを信用してもいいのだろうか。女の言う通りだとしても到底吉良のスタンドの名前を知りたがる理由がわからない。


「……わからないことがある。何故私のスタンドに固執する?君に名前が分かったとしてもなんのメリットもないと思うがね」
「え?ここまで私とお話ししていてわからないんですか?一目惚れですよ」
「は?」
「私、あなたのスタンドに一目惚れしたんです」


そう言って女は晴れやかな笑顔を浮かべた。



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