小説

□その微笑みに
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1:二階の窓

彼女は、いつも同じ場所にいた。
早朝だろうと、真夜中だろうと、バクラが会いに行けば、二階の窓からぼんやりとどこかを眺めているのだった。
そして、彼女への手土産片手に参上するバクラを見つけると、決まって目に見えて呆れ返った表情になるのだ。また来たのか、とその顔が物語る。
バクラはいつも、それに笑顔で返してひらひらと手を振り、彼女がいる建物へと入って行く。出迎えなんてないけれど、彼女はいつも同じ場所で待っていてくれるから迷いはない。

もう何度会ったかなんて覚えてないが、ただ、最初はぶっきらぼうだった彼女が、最近は少し笑うようになっていたことは感じていた。本当に、ようく見なければわからないくらいだけれど、バクラにはそれだけでじゅうぶんだった。初対面のときは、笑うどころか、会話さえしてくれなかったのだから。

初めて見つけた時は、心臓がはねた。
ちょうど、近くの金持ちのご自宅から金品を無断で頂戴してきた帰りだった。結果は上々で、浮かれていたから人の気配に疎くなっていたんだと内心で舌打ちをした。
しかし、妙なところにいるもんである。誰もいないと思っていたからこそ、バクラも油断していたのだから。
女は、とある建物の二階の窓からぼうっとこちらを見ていた。ぎょっとして立ち尽くすと、女は興味を失ったかのようにバクラから視線を外す。そのまま窓の向こうに見える女を凝視していたが、女はもうこちらを窺うようなそぶりは見せず、果てしなく続く荒野を眺めているのだった。
正直、顔を見られたからどうこうしてやろうという気持ちはなかった。ここら一帯でバクラの存在は知れ渡っていたし、たかが女一人に面が割れたとしても、似顔絵つきで指名手配書をばらまかれている身である。バクラの気の中ではそんなこと今更なのだった。
それでもその建物へと足を進めたのは、もしも女がバクラを知っていたら、という悪戯心が芽生えたからだ。興味なさそうに外された視線だが、もしかしたら慌てて見なかったことにしようとしたのかもしれない。感情の読み取れない表情をしているが、実はかなり焦っているのかもしれない。
天下の盗賊王バクラが、自分がいる部屋に踏み込んできたら、女は大いに慌てるだろう。泣いて、喚いて、助けを求めるのだろう。助けなんか決して来ないような、この場所で。
もしバクラのことを知らなかったとしても、嫌がる女を無理矢理押さえ付けるのも悪くない。
そういう歪んだ悪戯心が支配して、意気揚々と今にも崩れそうな階段を登ったのだった。

それが、始まりだった。
その時結局バクラは女を泣かせるようなことはしなかったし、女に触れることもしなかった。
ただ、そこにいた女の行く末が妙に気になり、不定期だがその場に通うようになる。バクラにしては珍しく、手も出せないような一人の女の所にかいがいしくも足を運び、さらに彼女に似合うだろうと、盗品のアクセサリーなどを持って行ったりもした。彼女はそれらを決して身につけないので、ベッドと椅子しかない簡素な部屋には宝石の付いた装飾品が石ころのように転がっているが、それについてバクラが怒ることはなかった。
思い出した時に、彼女に会いに行っていた。
部屋では特にすることがないし、彼女は無口なほうだったから専らバクラが一方的に喋っていた。今日はどこで何を盗んだとか、どこを荒らしたかとかそういう話ばかりだったが、彼女はなんとなく相槌をしてくれた。
最近では、少しずつだが彼女も口を開いていた。それが嬉しくて、会う頻度も増えていった。
それがほぼ毎日だと気がついたのは、出会いから半年経ってからだ。
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