小説

□犬のお昼寝
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馬鹿面だ。
眼下にある男を見下ろしながら、せとは思った。
だらしなく開かれた口、無防備過ぎるその表情、どこをどうとっても馬鹿としか形容しようがない。
せとの周りには、こんなふうな馬鹿は存在しなかった。皆一様に顔を引き締めて、凛々しく振る舞うのが普通だった。弟のモクバでさえ、愛くるしい表情にはなるものの、“馬鹿っぽく”はならない。唯一心の距離が近い肉親がそうなのだから、せとの常識の範囲の中で、こんな間抜けた顔の人間はいないはずだったのだ。それがどうしてこうなってしまっているのか、自分でも不思議でならない。

男は時折、声を漏らした。それは言葉になっていなかったり、せとにも聞き取れるくらいはっきりとした台詞だったり一つの単語だったりした。
しかし、その全てに一貫性はなく、また意味もなかった。それも当たり前で、男は意識的に言葉を発しているわけではなく、全部が全部百パーセント、無意識のうちの産物だった。

せとは自室にあるソファに腰掛けている。
大人が五人ゆうに座れるであろうスペースがあるにもかかわらず、せとは右のほうにつめて窮屈に座っていた。何故かといえば、空いた空間は全て一人の男に占領されているからである。だらりと足を投げ出し、本来腰を掛ける場所であるそこを目一杯に使って寝転がっている男がいるからだった。
ちなみに加えれば、せとの膝の上までも使って、男は惰眠を貪っている。

男がわずかに頭を動かした。少しくすぐったくて、せとは僅かに太ももをずらす。頭を落とさないように気をつけなければならなかったから、あまり大袈裟な動きは出来なかった。

――何故、こんな奴に。

気を使わねばならないのだろうと、せとはむっとした。
そもそも、この状況も気に食わないのだ。今現在のことだけではなく、この男が現れてからのせとを取り巻く環境も気に食わない。この男によって変わってしまった自分の生活リズムも、この男によって変わった家の雰囲気も、この男に関わったことで変化をもたらした全てのものが、せとは嫌で嫌で仕方がなかった。
こんなやつなんかいなくても、うまくやっていけていたはずだったのに。どうして。どうして。
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