薄桜鬼[長編・土方歳三]

□第二章
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千世「・・・・・・ハァ・・・暗いなぁ」



数日前、大坂の色町で騒ぎがあった



酔いに任せた芹沢が、芸妓達に怒りをぶつけたのだ



武士を侮辱したと、芸妓達の髪を切れば許してやると



止めようとした井吹に断髪をやらせようとしたが、彼は断った



芹沢がやろうとしたのを、土方は自分がやると言って止めた



この騒ぎが京でも広まってしまい、隊士達は町を歩くと人々から睨まれる



だからか、どことなく暗いなと感じての一言だった




















隊規違反で捕縛された佐伯という男が、この日の夜に羅刹となった



変若水を飲んでも理性を保っているようだったが、それがまずかったのか



彼は拘束していた縄を力尽くで引き千切り、芹沢や山南の攻撃をかわして外に出てしまった



死にたくない、と・・・



同日中に見つける事はかなわず、隊士の佐々木、彼の恋仲である女性が殺されてしまった



羅刹となった佐伯に



千世「・・・通りで。騒がしいと思った」



平助「ああ・・・悪いな」



千世「ううん」



捜索に加わる事はしなかったが、夜に羅刹を探し回り、空が白んできた頃に帰って来る彼らに、井吹とお茶を出す



そして、羅刹逃亡から3度目の晩



羅刹となった佐伯は、島原で見つかった



山崎からその報告を受け、向かう



島原のある路地で、片はついていた



先に来ていた沖田がとどめを刺したようだ



そしてこの場には、井吹の姿もあった



土方「誰もここへ近付けるな」



原田「わかった!」



土方の言葉に原田、斎藤、永倉が動いた



他にこの場には、監察方の2人と千世もいる



なんとなく、ついて来てしまったのだ



土方「よくやった」



沖田「別に土方さんに褒めてもらうためにやった訳じゃないですから」



言いながら、彼は刀を鞘に収める



次に土方は、井吹に顔を向ける



土方「なぜ来た?足手まといなだけだろうが」



井吹「それは・・・」



沖田「満更、足手まといなだけでも無かったですけどね。先に帰らせてもらいます」



土方「・・・馬鹿な奴だ」



井吹「どうせ馬鹿だよ」



土方「帰って休め。ご苦労だった」



井吹「え?」



そう言って、羅刹の遺体を検分している島田と山崎に向かって行く土方



千世「・・・・・・」



土方「おい」



千世「!」



土方「そんなじっと見てんじゃねぇよ。お前も帰れ。井吹、連れてけ」



井吹「あ、ああ」



どくん、どくん



千世「・・・」



井吹「千世・・・ッ!?」



死体をじっと見つめる、見開かれた千世の瞳



それが見えた瞬間、井吹は立ち止まる



井吹「千世・・・?お前・・・その目、なんだよ?」



千世「え・・・?」



土方「?」



青だったはずの、その瞳は・・・



紅い瞳に変わっていた−−



自分の掌を見つめてから、井吹を見る



すると、怯えたような顔をして後退する



建物に背中をぶつけると、反射的にそちらを向く



壁に向かって、恐る恐る左手を近付ける



(くう)を切るように左手を動かすと、一部の壁が崩れた



千世「ッ!?」



井吹「えっ!?」



土方「なっ!?」



途端、千世は本格的に怯え出す



体を震わせ、両手で目を覆い隠す



井吹「お、おい千世!大丈夫か!?」



千世「ッ、駄目!」



井吹「!?」



土方「おい、どうした!?おい!」



伸ばそうとした井吹の手を振り払い、座り込んでしまった千世



そんな彼女を見て、土方もこちらにやって来る



千世の正面に片膝をついてしゃがみ、両肩に手を乗せると顔をあげさせる



土方「!?」



緋色の赤毛の隙間から、紅い瞳が見えた



怯える千世は、土方の手も振り払おうともがく



原田達の視線もこちらに集まり、何事かと気にし始める



土方「おい、落ち着け!」



千世「いや、やだ・・・やだ・・・!」



土方「千世!!」



千世「!!」



反射的に土方に顔を向け、驚きからか大人しくなる



土方は千世の紅い瞳を、千世は土方の紫の瞳を、お互いに見つめていた



ふと、紅から青に瞳の色が戻った



土方「ッ!?」



ふらりと傾いた上体を、慌てて土方が支えた



土方「おい!?」



ぐったりと倒れ込んできた千世からは、返事がない



土方「山崎!」



すぐに駆け寄って来た山崎が、千世を診る



山崎「・・・気を失っているだけのようです。心配は無用かと」



土方「そうか・・・」



今にも泣き出しそうな、怯えた千世の瞳



澄んだ空のような青い色はそこにはなく、燃え盛る炎のような紅い色があった



その瞳で、彼女が何を視ていたのか・・・



それは千世にしかわからない−−


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