薄桜鬼[長編・土方歳三]

□第三章
10ページ/10ページ




近藤「そうか・・・」



土方「確かにこれだけ雨が降ったあとだ。川に流されて助かる事はねぇだろう」



山南「沖田君と土方君がそう言うのなら、まあいいでしょう」



沖田「じゃ」



立ち上がった沖田は、そのまま部屋を出て行った



山南「土方君。君はまだ、鬼になりきれてませんね?」



土方「これからは、鬼の副長になってやるさ」



山南「新見さんの研究ですが、今後、私が引き継ぎます。変若水の研究は、幕命ですからね」



近藤「そうだな・・・羅刹として、残されてしまった者達もいる。山南君、彼らをなんとかしてやってくれ」



山南「その件ですが、彼らは新選組の分隊にしようと思っています」



土方「分隊?」



山南「ええ。手偏の新撰組、とでも命名しようかと」



近藤「わかった。よろしく頼む」




















永倉「なんでだよ、左之!なんで俺に言わなかった?」



原田「まだ言ってんのか、新八?」



永倉「斎藤!やっぱり一発殴らせろ!」



斎藤「断る」



平助「龍之介・・・どうしてるかな」



原田「あいつは、体が頑丈なのが取り柄だ。きっと生きてるよ」



その言葉に、平助は空を見上げた



青く澄み渡った空を



同じく、千世も縁側から空を見上げていた



井吹の言葉が、まだ頭に残っている



生きて欲しいと思っている、と・・・



土方「そんな所で何してやがる?」



千世「!」



ぼぅっとしていたせいか、土方がこちらに来ているのに気付かなかった



千世「・・・別に。なんにも」



縁側に腰掛け、足を軽くぶらぶらと振っていた千世



少し幼く見えるその仕草に、土方は意外だと思った



千世「・・・・・・生きる・・・」



土方「ん?」



千世「・・・・・・死ぬ事を望まれるのと、生きる事を望まれるのは・・・やっぱり、違うんでしょうか?」



土方「そりゃあ、まあ・・・違うだろう」



千世「・・・そう、ですか」



土方「言っておくが、ここにはお前が死ぬ事を望む奴なんざいねぇからな。覚えておけ」



千世「・・・」



空を見上げていたはずの彼女が、こちらに顔を向けた



かと思えば、顔を俯かせてしまった



同時に柔らかな風が吹き、緋色の赤毛を揺らした



出会った時よりも少し伸びた、夕陽のような紅い髪



土方「−−伸びたな」



無意識にだった



手を伸ばすと、風で揺れた髪が指の隙間を通る



千世「−−!」



突然の事に驚いたのもある



だが、男性特有の骨張った指に髪を梳くように触れられるのは、初めてだった



頭を撫でられるのとはまた違う感覚に、思わず肩が震えた



土方「どうした?」



千世「あ、いえ・・・そのうち切ります。鬱陶しいですから」



土方「なんだ、切っちまうのか?」



千世「え?」



土方「ああいや、折角なんだ。伸ばしゃいいのにと思ってよ」



千世「伸ばす・・・?」



大嫌いな、この赤毛を?



思わず眉間にしわを寄せるが、ふと思い出す



そういえば、こちらに来てからあまり髪色の違いを気にしていなかったと



誰かにしつこく指摘される事も、揶揄われる事もなかったからだろう



千世「・・・」



たったそれだけの事なのに、気にする事を忘れていたなんて



土方「なんだ?伸ばすのは嫌か?」



千世「・・・・・・今まで、ずっとショート・・・短かったし・・・・・・たまには・・・いいかも、しれませんね」



土方「・・・そうか」



そう言った彼は、穏やかな笑みを浮かべた



千世「・・・・・・と、ところで、あの・・・ひとつお伺いしてもいいですか?」



土方「あ?」



千世「さっき言いましたよね?ここにはお前が死ぬ事を望む奴なんていないって。それは、あの・・・あなたも、なんですか?」



土方「!?」



特に意識をしていなかったせいか、確かにそう解釈できると、今更ながらに思った



最初こそ邪魔なだけだと思ってはいたが、かと言って簡単に死なせてやるつもりはなかった



だが今は邪魔どころか、そこにいるのが当たり前のように思えてならない



土方「だ、誰も最初から死んで欲しいなんざ・・・言ってねぇだろ。邪魔だっつっただけで・・・ああいや、今も邪魔だってわけじゃねぇぞ。むしろ、黄麻さん探しにお前が必要ってわけでだな・・・だからその・・・もうしばらく置いてやらなくもない、というかだな・・・」



違う、そうじゃない



そう言いたいわけではない



だが素直に言えない土方の発言に、千世はハッとしたような顔をする



千世「忘れてました、両儀黄麻の存在」



土方「おい」




















『生きろ』



思い出すのは、芹沢が言い残した言葉



井吹〈俺は生きてるよ、芹沢さん。生きていれば、いつかあんた達の想いがわかるのかもしれない。そうだろ?〉



江戸まで来ていた彼は、桜の木の下に腰掛け笑顔で空を見上げる



短くなった青髪が風に揺れる



桜の木の枝や、花びらのように−−


次の章へ
前へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ