ただそこに漂いたかった

□ぷろろーぐ
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「シャンディ?」
『……………………はい?』
「なんて顔してるのよ。もう朝よ。起きた方がいいんじゃない?」
『え、?』
「顔洗ってきた方がいいわ」
『……………………………………え?』

目が覚めたら目の前に金髪のグラマラスで素敵なお姉さんが居た。

いや、居た、じゃない。

目をごしごしとこするが目の前の光景は変わらない。頬をつねるが痛い。目の前のコップに触れるが冷たい。え。え?

「………なに幽霊でも見たような顔してるのよ。失礼ね」
『あ、いや、ごめんなさい…』

反射的に謝ってしまうが頭の中は非常に混乱していた。

これは一体どういうことだろう。

原因を考えるが頭には浮かんでこない。つまり、覚えていないのだ。何故こんな状況になっているのか。勿論私はこの女性を知らない。こんな魅力的な女性一度見たら忘れる筈はない。なら、やはり知らない。

しかし、先程のやりとり。どうやら女性は私を知っているらしい。…そして、私も知っているらしい。

これは一体どういうことか。

「…本当にどうかしたの?寝起きが悪いとはいえ、今日はどちらかというと変ね」
『す、すみません…。顔洗ってきます』
「………場所、そっちじゃないわよ」
『え、あ…』
「はぁ…全く寝ぼけるのも大概にして」

呆れたように息を吐いたお姉さんは軽くひとつの方向をその綺麗な長い指で指す。…なんとか誤魔化せたらしい。

そのまま寝ぼけてる風を装いながら方向に従い目的の洗面台へ到達する。

その鏡には顔の青い紛れもない私がいた。その鏡に向かって手を伸ばす。鏡の私も手を伸ばす。

『……………ゆめ、?』

いや、夢じゃない。この感覚は空気は明らかに現実。それに鏡に写っているのも紛れもない私。

けれど誘拐、というのも違う気がした。…さっきの女性が私を上手く騙そうとしているのなら話は別だが。

_キュッ と蛇口を捻れば水が出てきた。それを両手で作った窪みに溜め、顔にかける。…冷たい。どこまでもその水は冷たかった。

蛇口を捻り水を止める。ポタポタと頬を伝った水が洗面器へと落ちていく。

「シャンディ?」
『…………っえ、はい?』
「私そろそろ行くわよ」
『は、い。お気をつけて』
「…あなたもね」

急に洗面所へと顔を出した女性に驚き狼狽えながらもなんとか返事を返す。

…直ぐに扉の開閉音が聞こえた。どうやら出掛けた、らしい。

『…はぁあああぁ』

深いため息。つまっていたものを全てはきだす。肩が一段降りる。緊張していた。

ゆっくりと顔を上げもう一度己の顔を見てから周囲を見る。透明なプラスチックの棚にタオルが入っているのを発見する。手を伸ばし、タオルを取り出し顔を拭く。拭いたタオルを棚の上に置く。

それから来た道を戻る。

…多分先程私が目覚めたリビング。多分というのは私にこのリビングの記憶はない。けれどテーブルの上にグラスがあるから、多分そうだ。

『……あぁ、ここはどこだ』

私は、何者だ。


ただ一つ確かなのは、それらの答えを含む記憶が全くないことくらい。

ひとまず私は呆然とした。

 

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