ただそこに漂いたかった

□知らない知らない/変わらないままで
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暫く景色が流れ、やがて地下に入っていった。地下には車がたくさん止まっている。…駐車場、か。

「降りろ」

手慣れたように車を止めたジンが降りながら言う。言われた通りに私も降りた。

歩き出すジンに私は着いていく。

…着いたら分かる…とジンは言っていたが、全然わからん。やはり私の知らない場所だった。私が現時点で知っている場所がマンションと学校しかないのだから、当然とも言える。

エレベーターに乗り、B2と表示された所で降りる。…駐車場は何階だったんだろう。見ておけば良かった。エレベーターが上に上ったのは分かっているため、B2よりは下の階だろう。

降りれば目の前にバーらしき雰囲気のお店があった。まだ電気も付いておらず、入り口の扉には"close"と書かれた看板が下がっている。今は昼過ぎであるため、バーならば閉まっていて当然だ。

しかし、ジンはなんの躊躇いもなく扉を開け中に入る。え、開いてるんですか。動揺しながらも、それを悟られないように私も続く。ジンの言う限りじゃ、この場所を私は知っている筈なのだから。

中に入ればマスターらしき人が。彼はこちらに少し目線を向け、手元のグラスに視線を落とす。ジンは相変わらず何も気に止めず、それが当たり前であるように奥へ足を進める。勿論、私も進むしかない。

奥の扉をジンが開け、中に入る。

高そうなソファにテーブル。それからダーツボード。カウンターにはお酒。部屋はあまり広くない。…VIPルームというやつだろうか。

ジンがソファに座り、"お前も座れ"的な目で見てくるので向かい側に座る。

「何かお飲みになりますか」

いつの間に居たのか先程のマスターらしき人が立っていた。…気配あっただろうか。

「いや、いい。飲みに来た訳じゃねぇからな」
「畏まりました」

簡潔にジンが答えればマスターは人のよさそうな笑みを浮かべ、去っていく。_バタン、と扉を閉める音がやけに重く聞こえた。

そしてジンと二人っきり。果たしてなんの拷問だろう。車の中は雑音もあったし、外を見ていれば良かったがここではそうもいかない。見覚えのない静かな店内。音楽くらい流して欲しい。無音が一番堪える。

『…それで、用件は』

耐えかねて、言葉を発する。
メールの送受信履歴は昨日一通り見た。日付がここ最近のものしか無かったが、それでも結構な量だったのを記憶している。その中は"ベルモット"という人とのやり取りが多く、他は不特定多数の知らない人の名前だった。名前でなくアドレスの人もしばしば。そこにGinとのやり取りは無かった。

私が意図的に履歴を削除しているなら別だが、メールで今日何か約束事をしているものは無かった。…通話とかだったらお手上げだけど。通話履歴は削除されていたから。…………あ、今思ったけど携帯の電話帳を確認するのを忘れていた。帰ったら確認しよう。帰れるかもまだ分からないけど。

「……仕事だ」

ポン、とテーブルに置かれたのは大きめな茶封筒。厚さはそうでもない。

仕事…うわ、嫌な予感しかない。

『……軽く内容を聞いても?』
「殺しだ」
『そうですか』

なるほど、殺し。殺し、かよ。

封筒を開け、中身をちらっと見る。…なにやら地図のようなものと色々書かれた紙と写真。人相の悪いおじさんが写っていた。これがターゲット、ということなんだろうか。

「日時含め、詳しいことは全て書いてある」

いつの間にか取り出した煙草に火を付けるジン。慣れた手つき。口から吐き出される煙をぼーっと眺めた。煙草を吸うことには車に乗った時点で気づいていたが、実際に見たのは今が初めてである。

「…どうした?」
『似合ってるなぁと』

そのままの感想を言えばジンの目が少し見開かれた。

「…お前、煙草は嫌いじゃなかったか?」

え、そうだったのか。だとしたら失語だった。ここは顔をしかめるのが正解だったのか。とは言っても、口に出した言葉を回収することは出来ない。

『そうですね、個人的にはあまり好みませんけど…ジンが吸うなら別です』

言ってから、また失敗した気がする。

『でも、あまり吸いすぎないで下さいね。体には良くないですから』

それをカバーしようとして……また失敗した気がする。

駄目だ。一回自分の口を黙らせた方がいい。ぐ、と更にでかかった言い訳の言葉を飲み込む。どうやら私は口が達者ではないらしい。いや、達者ではあるのか。下手なだけで。…まぁそれは自覚している。

不味い、こんな女子高校生ごときがジンに親しげに話して…彼の機嫌を損ねただろう。と思い恐る恐る見るが、意外にも思っていた顔とは違かった。

むしろ、女子高生ごときの戯言とでも思ってくれたのだろうか。

「……やり方は一任する」
『…了解です』

特に何も言われなかった。なら、気にしすぎても仕方ない。ただ今度からは気を付けよう。

それよりも気を張るべきは仕事、だ。

私が危ない人であることは最早どうしようもないけれど、"私自身"は一般人である。それも殺しときた。…殺し、が何か別の隠語とは普通思えないので、そのままの意味だろう。

殺しをしたことなんて到底ないが、出来ない訳ではない。手段は確かに家にたくさんある。私に出来る方法もあるだろう。それに道徳云々を言う性格でもない。

…家に帰ったらじっくり考えるか。

ここで考えても仕方ない。断る、という選択肢は無いのだから。

封筒を取り敢えずテーブルの上に戻した。

『………』
「………」

また、沈黙が流れる。
それを破りたいが、先程口走って失敗したばかりである。二の足を踏む気にはなれない。

「…最近はどうだ」

まさかの世間話のような質問。ジンも流石にこの空気に耐えかねたのか?…いや、彼がそういう人には見えない。だが私が疑うのもまた筋違いな話。

『まぁまぁ…です』
「…相変わらずお前は毎回同じことを言うな」
『、そうですか?』

ジンの口角がにやりと上がる。肯定の笑み。…疑われないならばそれで良いのだけれど。

「何もねぇならそれでいい」

ジンは煙を吹く。それによってジンの顔が一瞬見えなくなった。

「お前はそのままでいい」

煙が晴れて見えた瞳は私を真っ直ぐと見ていた。吸い込まれるように私も目を合わせる。人にこんな風に見つめられたことはない。彼の深緑に映る私は、不安げな顔をしていないだろうか。

「撃ってくだろ、俺は少し出る」

二、三時間後に迎えに来る。とジンは立ち上がる。

「これを使え」

とおもむろに懐から取り出した銃を机に置き、この部屋を出ていった。

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