ただそこに漂いたかった
□理不尽おんぱれいど/無垢
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『……相変わらずのブラック企業…』
朝に届いたメール。開いてみれば"仕事だ。いつものバーに来い"という文字。Ginからだった。
今日は休日なんだぞ全く……しかも夜ならまだしもこの朝から呼び出すなんて。今日はスーパーの特売日だと言うのに。
それに、シャンディガフの格好は目立つからできるなら昼間に外へ出たくない。が、仕方ない。
さっそく風呂場に行き、脱染剤を使う。それによって黒い髪は灰色になった。…これに気づいたのは初めての仕事が終わってお風呂に入ったとき。
黒髪を写真の通り灰色に染めた私は、明日も学校だったため落とそうと脱染剤を使った。……が、なぜか落ちなかった。いや、確かに灰色は流れていったのだが残ったのも灰色。
これが成り立つのは、元々私の髪は灰色だったということ。そこで気づいた。灰色は地毛だと。…あのときの衝撃は忘れない。
黒を落とし、髪を乾かす。…やはり、鏡に映る私は別人のように思えた。青のカラーコンタクトを入れれば更に誰だか分からない。仕上げに包帯を巻けば…私という原型は完全に無くなった。これで喋らないのだから、まず知り合いにあってもバレないだろう。
なぜ、ここまで変装しなければならないのだろう。…高校生だからか?バレたら退学にはなりそうだ。…いや、留年している時点で既に"私"はなにかをやらかしているみたいだけど。
黒のフード付きコートを羽織り、その下に武器も少々。手帳も忘れない。そしてフードを被り、明るい街へと繰り出した。
_ギィ
扉を押し開ければ「いらっしゃいませ」という声。マスターだ。私はどうにもこのマスターが好きじゃない。作ってくれる飲み物は旨いが、なんというか雰囲気、だろうか。
「もう奥でお待ちですよ」
『………』
だとするなら喋ることはなく私は一つ頷く。
「遅ェ…」
『【すみません】』
手帳をさっと取り出し、ページを捲って人差し指で言葉を指す。
「なんで遅れた」
『【通行手段 バス + 徒歩】』
「…車はどうした」
『……………【免許 無い】』
車なんて持ってたのか?しかし、免許証らしきものは無かった筈だ。部屋の中は隅の隅まで探している。
「フ、今更何言ってやがる。…まぁいい。座れ」
『……』
なんとか誤魔化せた。…帰ったら、マンションの駐車場に私の車があるか調べよう。私は19歳だから車に乗れるのは確かだ。持っていても可笑しくはない。
向かい側に座ったことにより、二人の男と対面する。一人は勿論ジン。もう一人はジンと似た黒いハットにスーツ、黒いサングラスの男。角ばった顔の輪郭。髪の毛は帽子からは出ていない。短いのか、坊主なのかは分からない。…なんというか、マフィア感が漂う男だ。彼も黒の組織のメンバーなのだろうか。
「シャンディ、久しぶりですねぃ」
『【うん】』
どうやら知り合いらしい。だとすると面倒だな。ただでさえジンにボロが出ないように気を使っているのに、この男にまで気を張らなければならない。
「元気でしたかい?」
『…【まぁまぁ】』
「そりゃあ、相変わらずで」
「ウォッカ、無駄話はそれくらいにしろ」
「へい、すいやせん兄貴」
ウォッカ…それがこの男の名前らしい。そして、ウォッカはジンのことを兄貴と呼んでいる。……ジンの部下?子分みたいなものだろうか。
『【仕事 殺し ?】』
「それと、金を取りに行くだけだ」
『【金 ?】』
「あぁ、10億だ」
じゅ、10億…!?なんだその想像もできないような金額は。
「受け渡し場所は港のコンテナ置場。時刻は夕方から夜、の予定だ」
『……【何故 今 ?】』
夕方から夜なら、せめて呼び出すの昼間でも良いのに。…封筒じゃないってことは、ジンやこのウォッカって人も同行するのだろうから。前にジンと仕事だったとき封筒無かったし。
私のやることは恐らく殺しだろうから、なんなら場所さえ教えてくれれば問題ない。なのに、わざわざ…。
「お前が知る必要はない」
『……………』
理 不 尽。
…まぁ、なんでもいいけれど。どちらにせよジンに従うだけだ。
『【標的 誰 ?】』
「広田雅美……いや、宮野明美って言った方が分かるか」
いや、誰だ。とは思いつつも顔には出さない。こういう時包帯は便利だ。…もしかしてそのために包帯をしていたのかもしれないな、私は。
「会ったことはある筈だ。名前まで知ってるかどうかは知らねーが……その様子じゃ知らねーようだな」
『………』
ポーカーフェイス、完全に破られてる。問題はなさそうだが……流石はジン、恐ろしい男である。
「この女だ」
と、テーブルに放られた写真。そこには綺麗な顔立ちの女性が写っていた。髪は黒寄りの茶。ロング。…この人が広田…だか、明美…という人。完全に名前忘れた。
写真を手に取り裏返すと"Miyano Akemi"と書かれていた。
なるほど、宮野明美さんか。
「思い出したか」
私の納得顔を勘違いしたのかジンは言う。好都合である。
『【少し】』
とは言え詳しいことを聞かれては困る。曖昧な答えをしておく。
写真の女性は記憶したのでテーブルに戻す。…この女性が標的。殺さなければならない人。
『【因みに 殺す 人 私 ?】』
「ああ」
『…【そうですか】』
「なんだ?まさか女だから殺せねーってことは無いだろうな」
『【問題ありません】』
そう、問題はない。彼女が何故殺されるかなんて、彼女と私にどんな関係があるかなんて、私は知らないのだから。
『【話 終わり ?】』
「ああ。だが今日は俺と行動してもらう」
私の内心はお見通しらしい。話が終わりなら、時間になるまでにスーパーへ行ってセール品を買おうと考えてたのだ。その考えを完全に崩してきたな。
『【理由】』
「お前が知る必要はない」
『………【そうですか】』
またそれですか。
やはり、ジンの考えることは分からない。