ただそこに漂いたかった

□大人ですから
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ごろごろとフローリングに転がる。
こう、うだうだと過ごすのはとても気持ちが良い。なにも考えなくていいのは気持ちが良い。

今日は休日。仕事もない。

『…………』

…暇だ。

忙しかったからこそ急な暇は余計に退屈に感じてしまう。別に、毎日ジェットコースターのような刺激が欲しい訳ではないが。

以前、私は暇な時間をどう潰していたんだったか。…改めて考えると何をしていたのか覚えていない。これは記憶が云々というより、無意識の行動なのだから仕方ない。

こういう時は、やはり外に出るべきだろう。




やって来たのはゲームセンター。以前見つけたときに気になっていたのだ。

私は大抵ゲーセンにきたときは某太鼓のゲームに勤しむが、ここには果たしてあるのだろうか。

『…………』

見当たらない。
まぁ、予想の範疇。ゲームセンターには他にも色々ある。

UFOキャッチャー…は取れないからやめておこう。あ、お菓子のやつがある。

上下に板が重なり動いている場所に、簡易的なシャベルですくったお菓子を上手く乗せ、手前側に空いている穴に落とす……誰もが一度は見たことはあるであろうもの。

これなら確実に取れる。

100円玉を入れると軽快な音と共に小さなディスプレイに秒数が表示される。…さて、始めよう。


そうして得た袋一杯のお菓子たち。


『………………』
「お姉ちゃんすごーい!!」
「いっぱいだー!」

…何故だろう。子供たちに誉められているというのにあまり嬉しくない。

「わぁ!すごいね!そんなにたくさん!!おねーさん取るの上手なんだね!!」
『あ、いやこれは……うん』

私は決して取るのが上手くはない。ただ、何回もプレイしただけ。…お金を持っている大人としての権力を振るっただけ。それなのに、私を見た子供達は "負けるものか" と少ないお小遣いをその機械に入れては奮闘している。
…なんだろう…ちゃんと合法なのに、違法なことをした気分。

「うわぁ、やっぱねーちゃんスッゲーな!」

純粋な彼らの瞳が痛い。

『…これ』
「?おねーさん?」
『皆で食べて』

え!?という子供達の驚きの声。

私は応えずその場を去る。後ろでなにやら騒いでいるが気にしない。
…私を凄いと褒め称えお菓子を羨む子供達を他所に、大人一歩手前の私が大量のお菓子を持って帰路に着くのは……なんか、うん。大人げないと思う。多分。

…まぁ、ああいうゲームは報酬に至るまでの過程が楽しいものだからな。取れないUFOキャッチャーがいい例である。

『…………』

とはいっても、このまま真っ直ぐ家に帰るのはなんだか。
公園に寄った。

『…あ』
「!?」

目が合った。公園に人がいることは承知。それに、知り合いでもないのだから目が合ったところで反らせば良いのだけの話だが。

その目が合ったおじさんは手に包丁を持っていた。おじさんの後ろには箱、のようなものを漁っている小さな子供。


…見てはいけないものを見てしまったような…。


「っう、動くな!!」

おじさんは子供の肩を持ち、子供に刃物を向ける。あーあー…。

「動くとわかってるだろうな…!」

包丁は震えている。慣れてはいないようだ。私に見られたと思って同様しているのか。

『おじさん、その子がなにをしたかは知らないですが…大人は寛容な方が』
「っうるさい!!動くなよ!動いたらっ…」
『つい先程。私も自分の行動が大人げないと思い、子供達にお菓子をあげたばかりでして』
「お、お菓子…?」
『その子が悪いことをして、あなたが不幸を被ったのならわかりますが』
「っ!!…お前に何が分かる!!関係のないやつが知った風な口を利くなっ!!」
『その通り』
「!…な…何だ、!」

私はゆっくりとおじさんに近づく。

「っ!来るな!!」
『その通り、と言ったんです。私は貴方ともその子供とも何も関係がない。だから、人質なんて行為は無意味。私はその子供が死んだ所で不幸は被らないんですから』

私はおじさんの包丁を持つ腕を掴む。

「っ…!」
『子供が怖がって悲鳴を上げる前にそれは仕舞った方がいい。私しか見ていない内に。本来の "人質を取って脅さなければならない相手" の為に。今は騒ぎを起こさない方が懸命かと』

私にやるだけ無駄だ、と続ける。

というのも…騒ぎを起こされて警察沙汰になるのは私としても困る。一応危ない仕事をしている身。警察に関わらないに越したことはない。

おじさんはぎこちない動作で包丁を下ろす。そして懐に仕舞った。子供は何事もなかったかのように先程の箱に戻っていった。この状況が全くもって分かっていないらしい。もしくは、このおじさんに恐怖を抱いていないのか。

『そうそう。標的を、目的を忘れてはいけない…と思いますから』
「あ、あんたは一体」
『一体って…ただの通行人ですが』

あ、公園に寄ったのなら自販機で飲み物でも買うか。

思い付いた私は、おじさんの元を離れ自販機へと向かう。

さて、どれにしよう。甘いものが飲みたい気分だ。カルピスかオレンジジュースか…。

『…うーん』

悩んだ挙げ句、オレンジジュースの隣のナタデココ入り白ぶどうに決めた。

小銭を数枚入れ、ボタンを押す。ガタン、と飲み物が落ちてくる。それを取り出す。

瞬間。

_バキィ と凄まじい音。爆弾でも破裂したような騒音。

振り替えると木が倒れていた。その断面は、折れたというより抉れた、ように見える。…伐採作業?

よく分からないが、遠くから見慣れた影が寄ってくるのと、先程のおじさんがまたもや子供に刃物を向けているのを見るからに関わらない方がよさそうだ。

私はナタデココ入り白ぶどうのキャップを開け、口に付けて傾ける。…思ったよりもナタデココが小さいな。…悪くはないが。

その食感を楽しみながら私は帰路についた。

 

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