ただそこに漂いたかった

□メリーさん/疑惑
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私は、記憶は失っているが知識は失っていない。
ということに気づいた七時間目。

同じ事のように思えるが、認識的には違う。

例えば、親の顔は覚えていないが、"親"というものがどういうものなのかは知っている。

なら、親と聞いて感じる印象から記憶を探ろうと思ったが、うまくはいかない。優しいのか怖いのか…どちらともいえない。やはり、定義としての意味。つまりは辞書的な知識しか無いのだった。

一瞬、感情さえも消えてしまっているんじゃ…とも思ったがいやいやそれはない。私は今、退屈だ。

『………』

記憶、戻るのだろうか。
忘れている、という感覚がないのだから多分それは難しい。

そもそも、戻したいとも然程思っていない。戻ったら、私の"私"に対する疑問は晴れて過ごしやすくなるのだろうが……過ごしやすくしたいわけでもないからなぁ。

自分自身が何者か分からない。それはどこか心地よいものだった。

………心地よい?あれ、もしかしてそこに記憶の鍵が?

「白せんぱいっ!」
『うぉ!』
「 え 」

いつの間にか授業は終わり、教室を出た瞬間に身体に衝撃。何かが追突してきた。受け止めきれず腰をつく。

『……び、ビックリした』
「わ、わたしも」
『…君は』

腰を打った痛みに顔を歪めながら、ぶつかってきた物体を確認する。

がっ、と頭が急接近。すんでで後ろに避ける。あっっぶな。顎を強打するところだった。

「白せんぱいっ!私のこと覚えてますか!?鈴木園子です!!」
『う、うん』

いつぞやの前髪を上げている茶髪の女子。蘭ちゃんに強制的に駅前の雑貨屋に連れられ、そこで強盗事件にあった。その時共に連行された女子。

『えっと…園子ちゃん?』
「キャー!園子ちゃんって!」

頬に手をあて黄色い声をあげる園子、ちゃん。えっと、なんなんだこの子。

雑貨屋の時はあんなにも私を警戒し、毛嫌いしているような態度だったのに。

『それで、私に何か?』
「今度の日曜日お暇ですか!?」
『日曜日?…あー、夜なら』

午前中はお仕事だ。

「ほんとですか!!実は、今売りだし中のロックバンド"レックス"のライブが日曜日にあるんですけど、その打ちあげにまぜてもらえることになって!!なので先輩も一緒にいきましょう!」

早口で捲し立てられ話の趣旨を見失いそうになるが、何とか耐える。……つまり、なんだ。どっかの打ち上げに一緒に行こうと。"どっか"の部分は忘れた。

『えっと、うん。構わないけど』
「!じゃあ日曜日、駅前のカラオケボックスに夜7:00集合で!!」
『りょ、了解』
「じゃあまたね!白せんぱい!」

後ろにハートマークでもついてそうな声色。……本当にあの子どうしたんだ?…気でも狂ったのだろうか。まだ若いというのに。

……女子高生とはこういうもんなんだろうか。

_ブー ブー

ポケットが震える。…なんだなんだ次から次へと。しかもこの長さは着信。

………非通知。

『………もしもし…』

とりあえず出てみる。

〈あ、白お姉さん?〉
『なんだリトルか』
〈なんだって…〉

声はリトルだった。そういや前も非通知だったな。私が電話番号を登録していないから当たり前なのだが。今度会ったら教えてもらおう。一々ビクビクするのは疲れる。

〈お姉さん今何処?〉
『何処って、時間を見なさい。まだ学校だよ』
〈そ、そう。……ちゃんと学校行ってたんだ〉
『聞こえてるからねリトル。それともわざと?』
〈っああ!!いや!ごめん…なさい!〉

相変わらず慌ただしい。

『喧嘩ならいつでも買うけど………それで、私に何か?』

本日早くも2度目の言葉。過去最高記録だ。記憶がないのだから当たり前だけど。

〈…こないだお姉さん帰ったでしょ〉
『こないだ?…あー』
〈あー、じゃないよ!あの後お姉さんが実は潜んでいた強盗団の仲間に連れ去られたんじゃないかってどれだけ探したか…!!〉
『う、うん。ごめん』

耳が痛くなって携帯を遠ざける。どうやら心配してくれたらしい。てっきり「お姉さん帰っちゃったんだね」くらいですまされると思っていたのだが。

〈ったく………あいつら押さえんのにどんだけ苦労したか…〉
『いやー悪かったって。悪気は無いんだし』
〈悪気ねーならかえんなよ〉
『リトル、口調口調、ヤンキーみたいだよ。何、将来の夢はヤンキー?』
〈っば!んな訳……な、ないよ!酷いよそんな風に言うなんて!〉
『お、おう』

コナン君は二重人格なんだろうか。声が高くなったり低くなったり忙しい。口調も急に幼くなる。

〈と、とにかく一度みんなに顔見せてほしいんだ!〉
『…はぁ…それって今日?』
〈…都合悪い?〉
『いや、予定はないけど面倒だなって』
〈しょ、正直だね〉
『まぁね』
〈………ほめてないよ〉
『知ってるよ』

電話越しのリトルの顔が容易に想像できる。また多分あの呆れた顔をしているだろう。癖なんだろうか。

『で、私はどこに向かえばいい?』
「ここで大丈夫だよ」
『へ?』
「こんにちは白お姉さん!」

校門を抜け、曲がった途端電話越しではない声が聞こえ、視線を下に移せばリトル。

『…………謀ったな』
「もう電話越しじゃなくていいでしょ」
『あ…』

_ツー ツー と悲しい音が携帯から流れる。切られてしまった。
仕方ないので携帯はポケットに戻す。

まさか学校に来ていたとは。…それじゃあ最初から私に予定があるはずないと踏んでいたのか。

『……君、なかなかのいい性格』
「えへへ」
『ほめてない』
「知ってる」
『…………』

…校門前で言い合っても仕方ない。私は歩き出す。するとリトルも私の横について並んで歩く。

『…で、どこに行くの?』
「博士の家だよ!」
『博士?』

博士と聞いて思い付くのはオーキドさん位だが。

「前に電話で言ったでしょ?ボク阿笠博士の親戚だって!」
『あぁ、そんなこと言ってたね。子供達もそこに?』
「うん」
『そう…なんなら子供達全員で私を迎えに来れば良かったのに。そうすればこの場で私の顔みて終わりでしょう?』
「それはね…お姉さんに聞きたいことがあったから」
『聞きたいこと?』

聞かれるようなこと…一体なんだろうか。可能性があるとしたらあのとき何故帰ったか、というところか。

「…お姉さんって普段からナイフ持ち歩いてるの?」
『ナイフ?』
「ボクたちを縛っていたロープ、お姉さんナイフで切ったでしょ?…あのときは警察に早く伝えなきゃって焦ってたから気づかなかったけど…。あの後ビルに戻って強盗団が縛られてるのをみて気づいたんだ。強盗団を縛っていたロープ…何ヵ所も固結びしてあったから」

切って短くなってしまったロープを繋ぎあわせたんだろうってね。と続けるリトル。相変わらず頭の回転が速いな。まるで名探偵だ。

…あのときついナイフを使ってしまったが、気づいていないようだったから良かったと思ったのに。
……言い訳も思い付かないしなぁ。

『うん、そうだよ。ほら』

私は胸元からナイフを取り出して見せる。スライドさせて刃を出すバタフライナイフ。これもクローゼットの奥にあったものの一つだ。

「…危なくない?」
『そう?護身用だけど』
「護身用ならもっと安全なのあるでしょ?例えばスタンガンとか…。刃物だと自分に否がなくても万一相手に怪我させちゃって、自分が悪く思われちゃうかもしれないよ」
『だってナイフ出せば襲ってきた奴も一瞬で怯むから楽で』
「…あのなぁ」

なかなか納得してくれないリトル。しかし、まさか仕事でよく役立つから普段から持ってるなんて言えない。

実際子供達を助けるのには役立ったのだから、持っていて損はないと思うが。

『いいじゃないか。…犯罪に使う訳じゃないし。それに、ほら見たでしょう。私がスリを倒すときナイフ使って無かった。ナイフは最終手段だよ』
「…………」
『ジト目で見るな』
「…別に白お姉さんを犯罪者だとは思ってないけどさ。…もし」
『もし?』
「…なんでもねぇよ。言ったって無駄だろ」
『よく分かってるじゃないか』

犯罪者、という言葉にドキリとするがリトルは気づかなかった様だ。

「でも本当に極力ナイフは使わないでね、危ないんだから…というか白お姉さんナイフなくても強いんだから、せめてバックの中に入れなよ」
『はいはい』
「……金属探知機に引っ掛かってもボクしらないからね」
『はいはい』

全くリトルは心配性なのか世話焼きなのか。…そもそも私リトルより年上の筈なんだけど。

『聞きたいことはそれで全て?』
「あと、なんで帰ったの」
『それは…面倒だったから』
「言うと思ったけど。これはあいつらにも聞かれるだろうから、つくならもっとましな嘘にしなよ」
『…あながち嘘って訳でも無いんだけど』

主な理由は警察だが、それを言ったらさらに聞かれるのが絶対である。リトルの場合、納得の行くまで聞いてくるだろうから。

「あながちってことは少しは嘘なんでしょ?」
『いやー少しだよ?ほんの少し。それをわざわざリトルに言うのはなーって』
「言って」

もういい加減その博士とやらの家に着かないだろうか。既に学校から大分歩いたぞ。まさかわざと遠回りしてないだろうな。…いや、リトルならあり得る。人を困らせるのが大好きなようだから。

『はぁ……しょうがないな。ちゃんと話すけど、それは博士って人の家に着いてからね。二回言うの面倒だし』
「えー」
『えー、じゃありません!という訳でそろそろ家に案内してくれないかな?』

聞けばリトルの顔が若干ひきつった。やはりわざと遠回りしていたらしい。…全く。

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