ただそこに漂いたかった
□水/真意
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▽
_カラカラカラ
「おめでとうございまーす!」
『…………あ』
出てきた銀色のボールに一瞬理解が遅れる。そんな私を他所に、盛大にベルを鳴らし終わったおばさんはにっこりと私に何かを手渡してくる。
「はい!二等賞の景品になります」
『あ、ありがとう…ございます』
「次の方ー!」
後ろから人が寄る気配がしたので自然とその場から離れる。
スーパーの何円以上買ったらそのレシートでガラガラが回せるというイベント。
冷蔵庫の中身が空っぽで流石に何か入れとかないとと思い、買い物をすれば丁度その値段に達した。折角だし引いてみるか、という軽い気持ちだったのだが。
『………』
当たってしまった。それも二等。
渡されたものは薄い封筒。
……え、現金とかじゃないよな。
帰路につきながら封筒を開けてみる。
『……………』
出てきたのは二枚のチケット。
チケットにはイルカの可愛らしいイラストが描かれており、隣には"米花水族館"の文字。
…水族館のチケット。
それだけなら割りと嬉しい。魚類は好きだ。しかし、ペア。ペアかよ。
『………喧嘩売ってんのか』
「また絡まれたのか」
『え?っあ!あ、あー………赤井さん?』
「ああ」
いつかのニット帽のお兄さん。相変わらず目付きが鋭い。ほんと、ジンみたいだ。
「で、今度はどんなやつに絡まれたんだ」
『あーいや、そう言うわけではなくて』
私はチケットを赤井さんに見せる。
「…水族館のチケット?」
『はい。さっきスーパーのイベントのくじを引いたら当たってしまって』
「ホー、良かったじゃないか」
『まぁ、そうなんですが……ペアチケットなんですよこれ。私、友達いないのに』
「……あぁ、なるほど」
納得がいったような赤井さん。…納得がいかれるのも悲しいのだが。
…うーむ。ペアだけどこういうのって一人でも使えるのかな。もしくは、もう一枚を適当な人に売り捌いて……いやいや、そこまでして行くほどじゃないしな…そもそも私以外に一人で水族館見に行くやつなんかいるのか?……悲しくなってきた。
「例の約束を破った相手は違うのか?」
『 え 』
思わず固まった。足も止まった。え、何言っているんですか。と言い返したくなったが、赤井さんは私があのとき謝っていた相手がジンだとは知らない。
赤井さんからしても、あんなに大袈裟に謝るのは友達相手だからだと思うのは納得がいく。親だったら私がその場で言う可能性が高いし。高校生が就職している訳もないので、上司でもない。…実際は上司に近いが。
『い、いや……それは厳しいかと』
考えなかった訳じゃないが、そもそも水族館なんてものにジンが来るとは思えない。それに来たところであの目。受付の時点で入場拒否られそう。それにイラついてジンは発砲……なんてことが容易に想像できた。
仕事ならまだしも、プライベート。
…絶対に来ない。
………しかし、赤井さんの言葉で思い出した。
私は約束を破った相手がもう一人いた。
『……でも、今思い出しました。一人だけ誘えそうな人がいるなぁと』
「そうか」
『はい』
「オレのことは誘ってくれないのか?」
『赤井さん忙しそうですから』
そう聞き返せば少しだけ驚かれた。何故。
「いや、そう返してくるとは思わなくてな」
『だって隈出来てますよ。私と水族館で遊ぶよりも寝た方がいいです』
ここまでくっきりとした隈。それも今は夜なのだ。夜でこれなのだから、昼間見たらもはや彫りが深く見えるんじゃないだろうか。それに、なんとなく栄養足りなさそうな顔をしている。
『バランスの良いもの食べてしっかり寝ることを推奨します。そしたら水族館でも遊園地でもどこでも行きまし…………』
て、あれ。なんか逆ナンしてるみたいになってる。
赤井さんと会うのはこれで二度目。お互い名前と顔しか知らないというのになんか仲良くなってないか。私が一方的に馴れ馴れしくしてるだけか?でも、赤井さんもわざわざ声をかけてくれた。あれ、もしかして友達になれる?
『……まぁ、えと。とりあえずありがとうございます。赤井さんのお陰でチケット無駄にしないで済みそうです』
「俺は特に何もしていないが」
『いえいえ。思い出させてくれたので』
もう少しで自宅に着く。家に帰ったら早速電話しよう。
『………もう少しで自宅に着くのでここら辺で』
「どうせなら家まで送ってってやる。こんな暗闇を歩いてたらまた絡まれるぞ」
『それはごもっともですが……』
別に自宅を隠している訳じゃないが……まぁ、いいか。部屋番号を教える訳じゃない。
『あ、ここで大丈夫です』
マンションのエントランスへの自動ドアの前で止まる。
「………まさかここに住んでるのか?」
『はい』
「一人で?」
『ええまぁ。部屋に私しか居ないので多分そうです』
私の性格上、誰かに合鍵を渡すとも思えない。…ジンならあり得るけど。
『送って頂きありがとうございます。またどこかで』
「…ああ」
軽くお辞儀をして私はエントランスへと入っていった。