ただそこに漂いたかった
□黒く/杞憂から
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▽
今日も今日とて仕事をこなした帰り道。
『………………あ、雨やんでる』
遠方のお仕事だったため新幹線で帰ってきたのだが、乗るときには降っていた雨が止んでいた。
なんだ、せっかく傘買ったのに。コンビニの傘って高いんだぞ。…いやお金あるんだった。
まぁ、傘は何本合っても困らないか。と仕切り直して家に帰ろうと歩き出した瞬間。
『………』
電話がかかってきた。
しかもGinから。え、私今回はちゃんと報告したよね。記憶を探っても…確かにある。
じゃあ一体なんの用だ。事前にあったものなら報告したときに言われるはず。ジンは用もないのにかけてこないし、無駄な話もしない筈だから。
『……もしもし』
〈今、どこにいる〉
『米花駅に着いたので今から乗り換えです』
〈なら丁度いい。そのまま改札を出ろ〉
『え?は、はい』
…なんだか嫌な予感しかしない。しかし従う選択肢しかないので大人しく改札を出た。
『改札、出ましたけど』
〈大黒ビルに行け〉
『大黒ビルですか』
入ったことはないが存在は知っている。これも町探検の賜物だ。結構高いビルだった気がする。
なら、改札を出て左か。
頭の中に地図を呼び起こしながら、私は大黒ビルに向けて歩き出す。
『それで、ついたら何をすれば…』
〈最上階に"カクテル"ってバーがある。そこを破壊しろ〉
『は、破壊?』
〈あぁ…既に爆薬は店内にある。黒い紙袋の中だ。お前はそれを起動するだけでいい。30秒後に、そのバーは粉々に吹っ飛ぶ筈だ〉
ぶ、物騒だ!今までで一番ビックリな仕事だ!起動って、分かりやすくボタンでもあるのだろうか漫画みたいに。…もしごちゃごちゃしているものだったら無理だぞ。もしや私ってそういうのも出来たんだろうか。…だとしたら非常に不味いが。
〈…起動は振動だ。爆弾に多少の衝撃を与えてやればあとは勝手に爆発する〉
『……えっと、頑張ります』
〈しくじるなよ〉
『はい。…あの今結城白なんですが…』
〈…着替えてる暇はねぇ、うまくやれ。終わったら報告しろ。切るぞ〉
こちらの返事も聞かず、ブチ、と通話が切れる。…ジンの理不尽さはぶれないな全く。
まさか爆弾を起動する日がくるとは。いよいよ犯罪者って感じだ。テロリストって感じだ。
『………着いてしまった』
そうこうしている内に大黒ビルに着いた。やはり高い。見上げれば首が痛くなった。
…最上階の"カクテル"というバーだと言ってたな。…この格好で大丈夫かな。制服ではないけれど、高校生に見えやしないだろうか。でも、着替える時間はないようだし…。
仕方ない。
腹を決めてエレベーターへ乗り込む。私の他にも数人居たが最上階まで乗っていたのは私一人だった。まぁ、こんな昼間からお酒を飲む人も少ないだろう。
軽快な音と共に扉が開かれる。エレベーターを降りればお目当てのバーがあった。
「いらっしゃいませ。…お一人でしょうか」
『はい』
「では、カウンターへどうぞ」
意外にもあっさり入れた。やはり19歳ともなれば大人に見えるのか。
カウンターに案内される途中、爆弾らしいものがないか探す。…奥に紙袋が見えた。それも、黒い。
『あの、すみません』
「はい?」
『あれ、忘れものですか?』
「ええそうです。ですが昨日のものでして。持ち主は分かっておりますので、今日取りに来られるかと」
『そうなんですか。てっきり誰かが忘れていったのかと』
「わざわざお知らせ頂きありがとうございます」
『いえ…』
あれだな。聞いた通りの黒い紙袋だし、この店員の話を聞く限りでも間違いない。
さてどうやって起動しよう。通り過ぎるふりをして躓けば衝撃を与えることが出来る。だが、そこからどうやってバーを出るか。…来たばかりだからな。急に躓いた後、帰ると言い出すのは不自然。
………うーん。どうしたものか。
着替える時間が無いということは、起爆を直ぐにやらなければならないということ。時間はない。集中する。
『…すみません。お手洗いは…』
「右手の奥ですよ」
『ありがとうございます』
「あ、いえ!そちらではなく」
『あ、すいません』
と、女子トイレに来た。
そして奥の一つ手前の個室に入る。それからバックの中からマッチとお酒を取り出す。
先ほどくすねたものだ。マッチは元々カウンターに置いてあったが、お酒に関してはトイレの場所をわざと関係者しか入れない扉だと思い、カウンターの横を通った際に盗んだ。手のひらに乗るくらいのビンの酒。とても盗みやすかった。
相手が素人で一般人なら私にもこれくらい出来る。というか、時間がなかったのであんまり考えていられなかった。
左の個室は使用中だった。そして、右の、このトイレの一番奥の個室は空いていた。運がいい。
トイレットペーパーをホルダーから外し、くすねた酒を軽く染み込ませる。そして適当に伸ばして右の個室に上から投げ込む。
予備用のトイレットペーパーも同じようにして、それから残った酒を個室に撒く。ビンも投げる。
_パリン とビンが割れる音。
「きゃ!え、ちょっとなに!?」
隣の個室から聞こえる声。うん、いい反応だ。
それから直ぐにマッチで火をつけ隣に投げ入れる。
ぼぅ、と音がして隣から熱を感じる。
それにお隣も気づいたのか早々に済まして出てくると、叫んだ。
「っ火事よ!!火事だわ!!」
相当パニックなのかトイレをダッシュで去っていくご婦人。トイレのドアが勢いよく閉まるのを聞いて、私は個室を出る。
女性が叫んだからだろう。店の方が騒がしい。…っと、熱。窓はわざと開けっ放しにしていたので火がこちらに傾いていた。
私もトイレを後にする。
混乱で店の外へ逃げていく客と店員。私もそれに紛れて逃げる途中で忘れず紙袋に躓く。……中身を見ればまがまがしい塊が。ディスプレイには赤い光で28秒をお知らせしていた。…い、急ごう。
店を出て、約5秒後。
凄まじい光と音で、バーは跡形も無くなった。それはもう、木っ端微塵という言葉がよく似合う程に。
『………』
どんだけ火薬入れたんだ。確かに粉々に吹っ飛ぶとは言ってたけど……本当に吹っ飛んだな。文字に全く偽りがない。
「放せ!!!オレはボウヤなんかじゃねぇ!!」
『………ん?』
棒立ちして眺めていたら聞き覚えのある声。…あれ、リトルだ。
咄嗟に人混みに隠れる。見つかったらどうしてここに居るのか聞かれるだろう。リトルは私が未成年であることを知っている。つまり…面倒なことになる。
そう判断した私は、パニックで階段を下りている人たちに混ざって早々に退散する。リトルのことは気になったが、仕方ない。私は今仕事中だ。遊びよりも報告が優先。
『……』
今の今爆発したのだから警察はまだ来ていない。野次馬の中に紛れながら駅を目指す。そして、途中で路地に入る。
『………終わりました』
〈ああ、俺も確認した。やはり派手に吹っ飛んだみてぇだな〉
ジンは数コールで直ぐに出た。
………………か、確認した?え、近くに居るの?
〈ウォッカが確認したのを聞いた。俺は近くには居ねぇよ〉
『あぁ…なるほど』
て、ウォッカは近くに居るんかい。……私変装してなかったけど、そこら辺は大丈夫だよね。あの状況で誰が爆弾を起動させたかはわかりずらいし、ウォッカは白の姿を知らないと思うから…大丈夫だろう。
『…えっと…もう帰ってもいいですか?』
〈ああ、ご苦労だったな〉
そしてまたブチと切れる。…むしろ清々しいな。
『…………』
にしても、だ。一体なんのお仕事だったのか。ジンが言わなかったってことは私には必要ない情報なんだろうけど。……そうはいっても気になる。いきなり爆弾起動させてこいって、なかなかないぞ。
『………なら…聞けばいいのか』
ウォッカに。
メールで聞こう。ウォッカのメールアドレスはあった筈だ。
連絡帳を探せば…あった"vodka"。
『………』
_この仕事の詳しい事情、聞いてもいいですか。
と送信する。
送信してから駅へと歩き出す。今度こそ乗り換えて杯戸駅までいかなければならない。
『………』
改札を通ったところでメールがきた。vodkaからだ。
_テキーラが仕事やらかしたんで、その後始末ですぜ。元々は自分だったんですが、丁度シャンディが米花町へ着いた頃だと思いやして頼んだんでさぁ。
『………ほぅ』
なるほど。あのカクテルというバーを破壊するのが後始末だというなら、あそこに重要な証拠でもあったんだろうか。…とまぁ、結局大した興味も湧かない。指紋とかそんなものだろう。それより………テキーラ?
…黒の組織に配属する人はお酒の名前で呼びあっている。というのはシャンディガフの名前を調べた時に気づいた。
その時はまだ半信半疑だったが、ウォッカと会った時に確実になった。
なら、テキーラも黒の組織の者。それも"偉い"人。
仕事の中でも組織の裏切り者を何度か見たが、そいつらはお酒の名前ではなかった。
全員が全員、お酒の名前で呼びあっている訳では無いのだろう。ジンは組織の中でも…なんとなく位が高そうだし、そこに一緒にいるウォッカも同等。なら、お酒の名前は組織の中でも偉い人に付けられるもの、だと思う。多分。部長くらいな感じで。
そのテキーラがやらかした。
………あれ、ちょっとまて。やらかしたことに対しての後始末って………。
今までの私の仕事の経験なら…それは死だ。
……もしや、あのバーにテキーラが居たのだろうか。
"疑わしきは罰せよ"というジンの言葉。
『…………』
_あの場にテキーラ居ました?
送信して、割りと直ぐに返信が来た。
_いえ。テキーラならその前に自分で吹っ飛びやした。
_あぁ、なるほど。
既に吹っ飛んでいたらしい。仕掛けるはずの爆弾でも間違って起動してしまったんだろうか。
『…………』
御愁傷様。悪者の最後なんてそんなものかもしれない。
私も死ぬなら爆弾とか、痛みが無いやつで死にたいなぁ…。…今のところは勝手に死んだらジンに怒られそうだから極力は生きるけど。
テキーラのようなミスで死んだら、死んでからもジンに殺されそうだ。
『……』
さて、マンションに着いた。
大黒ビルよりも高いマンション。
見上げれば頭まで痛くなった。