ただそこに漂いたかった
□雪/包帯
2ページ/3ページ
のに、
『………』
「どうした。えらく不機嫌じゃねーか」
『……………【気にしないでください】』
どうして私は今、つい数時間ほど前に見た真っ黒な車に乗ってるんだろう。
「シェリーを殺ることに不満か…?」
その質問に首を振る。いや、別にシェリーが見つかって仕留めにいくのはいいのだけど……なんで今日。シェリーもなんで今日に限って見つかるんだ。
お陰で関係ない仕事だった筈がお呼ばれしてしまった。…呼ばれた理由は勿論、「暇だろ」という言葉。
確かに暇ですけどさ。暇なんですけども!
『…【今日 予定 雪 見る】』
「なら丁度いい。…真っ赤な雪を好きなだけ見せてやる」
『…………』
…私が好きなのは白い雪なんですが。
そんな私の心境など知らないジンは得意気に口角を上げていた。
「…ピスコと連絡が取れやせんね」
「なら、直接行けばいい」
ピスコ。この人も組織のお偉いさんみたいだが……まぁ知らない。今回はピスコの仕事らしいが、その会場にシェリーも現れることを突き止めたらしい。
因みに、サポートとしてベルモットが既に潜入しているらしい。…ますます私の必要性がないと思うのだけど。…やっぱり暇だから呼ばれたのか。あのままリトルと遊んでいれば良かった。
「…降りるぞ」
着いたのは杯戸シティホテル。…ここにピスコとベルモットが居て、シェリーがこれから来るのか。
ジン、ウォッカに続いて降りる。
「発信器を追いやしょう」
「ああ」
パソコンを持ったウォッカが先頭を行き、ジンが続いて私が続く。
……人の気配が多い。中でイベントでもやってるんだろうか。その人混みを避けて行く。段々人が居なくなる。やがて、一つの扉に行き着いた。
_パシュ とウォッカが消音器の付いた銃で扉の鍵を破る。扉を開ける。が、人の気配はない。
「あれ?妙だな…いませんぜピスコの奴」
…なんとなくアルコールの匂いがする。近くの棚に寄ってみるとたくさんのお酒が入った箱が並んでいた。
「30分後、ホテル近くの駐車場で落ち合おうって言ったきり音沙汰がねーし…。発信器を頼りに来てみればパソコンはあるものの、奴の姿はどこにもねえ…」
ウォッカの言葉を耳に入れつつ部屋を物色する。…どこもかしこも酒、酒、酒。…酒蔵?
「とにかく、早くこのホテルからズラかった方がよさそうですぜ兄貴…」
「………」
『……?』
「ああ、そうだな…」
返事がないので首を傾げてジンを見ていれば頭に手を乗せられる。…?
「…行くぞ」
「へい」
いや、意図が全く分からないのだが。とりあえずジンを追って部屋をでる。
「…屋上だ」
「へい?」
「屋上にシェリーは現れる」
何故分かったんだろう。さっきの酒蔵に痕跡があったんだろうか。
…まぁ、ジンが言うのならなにかしらの根拠があるんだろう。屋上への階段へ向かうジンに付いていく。
「銃を用意しておけ」
『……』
言われた通りに拳銃を懐から出しておく。
そして、屋上。
『………』
真っ白な景色。
_パシュ
そこに加わる赤い点。
「会いたかったぜ…シェリー…」
そこには写真の彼女が居た。…眼鏡は違うけれど、確かに彼女に見えた。
シェリーはジンに肩を撃たれ、屋上の壁に肩をつけ寄りかかる。
「綺麗じゃねーか…。闇に舞い散る白い雪…それを染める緋色の鮮血…。組織の目を欺くためのその眼鏡とツナギは、死に装束にしては無様だが…。ここは裏切り者の死に場所には上等だ…そうだろ?シェリー…」
闇に舞い散る白い雪、しか私には共感できない。…肩を撃たれただけだというのにシェリーの息は荒い。見れば裸足だ。…寒いのだろうか。
「よ、よくわかったわね…私がこの煙突から出て来るって…」
「髪の毛だ…」
髪の毛?
「見つけたんだよ、暖炉のそばで…。おまえの赤みがかった茶髪をな…。ピスコに取っ捕まったんだが、奴がいない間にあの酒蔵に忍び込んだんだか知らねーが…聞こえてたぜ?暖炉の中からおまえの震えるような吐息がなァ…」
え、そうだったのか。…全然気づかなかった。
「すぐにあの薄汚れた暖炉の中で殺ってもよかったんだが…。せめて死に花ぐらい咲かせてやろうかと思ってな…」
「あら…お礼を言わなきゃいけないわね…。こんな寒い中待っててくれたんだもの…」
「フン…その唇が動く内に聞いておこうか…。おまえが組織のあのガス室から消え失せたカラクリを…」
_パシュ また白に赤が増える。
シェリーは叫ばない。
「ほう…いつまでその態度でいられるかね」
一発、二発と肩、足と銃弾がシェリーを撃ち抜く。…シェリーが口を開く様子はない。
それが数回続く。
やがて立っていられなくなったのか、シェリーは後ろの壁に背をつき真っ白な床の上に倒れる。赤い血が白に大量に染み込む。
「兄貴…この女吐きませんぜ…」
「仕方ない送ってやるか…先に逝かせてやった…姉の元へ…シャンディ」
『…?』
え、私ですか。
このままジンが始末するんだと思っていたが、まさかの私。
疑問を感じつつも私は銃を構える。照準は心臓へ。
「……っ…シャンディ…貴女だったのね…」
『………?』
「っお姉ちゃんを、殺した、のは…」
そう言って私を見る目には怒りと、少しの悲しみが含まれていた。
…お姉ちゃん?一体なんのことだ。…生憎と彼女のような髪色の女性は見たことがない。少女なら今日会った哀ちゃんが居るけれど。哀ちゃんのことは殺していないし。
「…撃て、シャンディ」
銃を持つ私の手を包むようにジンの手が重なる。引き金に私の指の上からジンの指が掛かる。そして力が込められ、
『………』
ジン?
「あ、兄貴?」
ジンの手が崩れ落ちる。驚いて見ると、ジンが片膝を床に付けていた。左腕を押さえている。狙撃された?しかし、血は出ていない。
「煙突だ!!煙突の中に入れ!!」
唐突に聞こえた知らない男の声。方向は屋上の扉。
「誰だてめぇは!?」
ウォッカが扉に向かって発砲する。私は駆け出していた。
「シャンディ!?どこいくんで…っこの女逃がすか!!」
背後で発砲音。
屋上の扉を開け、階段を駆け降りる。
『………っ、』
胸を押さえる。何だろうこの感じ。苦しい。……ジンが撃たれたから?かもしれない。私がもっと早く撃っていればジンは撃たれずに済んだから?そうかもしれない。シェリーの声に耳を傾けずにさっさと撃つべきだった。
…沸いた感情は怒り。ジンを撃った奴に対して、ジンを撃たせてしまった自分に対して、だ。
……そこまで私にとってジンは大切なのか?それは分からなかった。でも、怒るってことは多分そうなんだろうか。
私には分からないが体が勝手に動いていたのだから仕方ない。
『……』
さて、どこへ行った。
男は煙突の中へ、と叫んでいたから……酒蔵か。シェリーがあの身体で脱出するには男の助けが必要。
_ガチャ
『!』
「!?…」
そう思って酒蔵の部屋の扉を開けたら予想外の者がいた。
『………』
り、とる。それに哀ちゃん。
…どうしてここに…?
リトルは私をみてひどく驚いていた。リトルにおぶられている哀ちゃんも目を見開いていた。
『…【男 それから 女 見た ?】』
「……う、ううん。見て、ないよ…」
『…【そうですか】』
リトルと哀ちゃんは酒蔵から出てきた。…見てないのなら既に逃げてしまったのかもしれない。
「…おや、シャンディガフじゃないか」
酒蔵は何故か燃えていた。炎の壁の向こう側に男性が見えた。…私をシャンディガフと呼ぶということは、あの人がピスコ…。ピスコはこちらに銃を向けていた。
「!?っまずい…」
「………その子供をこちらに渡してください」
『………』
「っ………お、お姉さん!助けて!!」
「!は、今さら何を」
_パシュ 私はピスコに向けて発砲する。ピスコの手から血が垂れ、銃が落ちた。
「!?な、何をするんだ!」
『……』
ここからじゃ手帳を出しても文字が見えない。そう思い、出すのを止める。
それからリトルの肩を掴み酒蔵の外へ出す。
「っシャンディ!!その子供は!!」
何やら叫んでいたが扉を閉めた。
『…【大丈夫 ?】』
リトルと哀ちゃんに向き、手帳を出して指す。…大丈夫、聞いたものの背中の哀ちゃんはとても大丈夫そうには見えなかった。…酒蔵の中の火災で怪我をしたんだろうか。
「!…う、うん………」
『【逃げる 推奨】』
どうしてここに居たのかは分からないが留まるのは危険だ。
最初に入ってきた裏口の方を私は指差す。
「あ、ありがとうお姉さん」
『……』
頷いておく。…さて、酒蔵の中に戻らないと。廊下に血がないということは、まだ酒蔵の中にいるのかもしれない。もしくは何かの仕掛けで脱出したか…。とにかく手がかりは酒蔵にある。
「っ待って!」
『………』
ドアノブに手を掛けたら哀ちゃんが叫んできた。私は手を添えたまま振り替える。
「……Not to waste」
『………………?』
……はい?え、何言ってるの哀ちゃん。
私は首を傾げる。すると哀ちゃんは少し目を見開いたあと伏せた。
「いえ…ごめんなさい。なんでもないわ」
『……』
ならいいけど。
ノットゥ…どうせもう覚えてない。覚えようと思って聞いた訳じゃないからな。意味があったとしてももう分からなかった。なら、気にしても仕方ない。
私はリトルたちに背を向け酒蔵の扉を開いた。