ジーザス

□私はその名を知っていた
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人生は平坦ではない。

必ず起伏がある。

それは結婚だったり、大切な人との別れだったり…きっかけは何にせよ生きていれば絶対に訪れる転機、分岐点。

だから平凡に平坦に生きてきた自分にもいつかは訪れるであろうことは予測していた。

だから、これはきっと……そういうことなんだと思いたい。

「…………」

気づいたら目の前に一面の乾燥地帯が広がっていた。見えるのは岩肌むき出しの山と、少しの草。この草も茶色くカラカラになっていた。

………砂漠…。

どう見ても砂漠だった。

「…………………」

頭をひねるがどうもここに至るまでの記憶が曖昧だ。通常であれば会社に行っている筈なんだけど。

意識が浮上したとき私はこの砂漠に寝っ転がっていた。好き好んでこんな場所で寝るわけもないので、考えられることとすれば……誘拐の後に捨てられた。……いや何のために?それもわざわざ砂漠。日本ではない。鳥取砂丘ではなかった。

私を誘拐するメリットも捨てるメリットも思い付かない。…誘拐されたわりには服はスーツのままで乱されていることもない。荷物は無いけど。

…何にせよ目を擦っても頬をつねっても現状は変わらない。となると日本に帰る術を探すべきだろう。…まずはこの砂漠をどっちに進もう。

ひたすらに広い砂漠に最早苦笑いしてしまう。そもそも砂漠の先に町やら人やらあるんだろうか。人が居たとして言葉が通じるのか。治安の良し悪しによっては出会ったら胸に穴が空く可能性も0じゃない。頭かもしれない。食料もない。水がない。暑い。あっはっは、一気に人生ハードモードじゃないか。笑えない。

「………本当に、笑えない」

初めて感じる感情。その溢れだしたものをどうにかするには、私は平和な日常を過ごしすぎた。

しゃがんで膝を抱えることさえ出来ない。顔を下に向けることさえ出来ない。ただ呆然と途方もない更地を眺め、ただただ頬に水が落ちていった。

ああ、水は貴重なのに。なんて思ったら余計に止まらなかった。誰が見ている訳でもないのに、声を出さないように唇を噛み締める。

「どこかいたいのかい?」
「………」

びく、と肩が跳ねた。視線を下げれば青いもの。……子供。綺麗な青い髪に青い瞳。服装はアラブのような雰囲気のもの。日本人ではない。だが、さっきの言葉は理解できた。

「……ううん。痛い訳じゃないんだけど」
「じゃあどうして泣いてるんだい?」

髪を結っているから女の子かとおもったら男の子だった。…どういうわけか言葉はちゃんと通じているみたいだ。

少年は私を伺う。少年であるのだが私よりよっぽど大人に見えた。

「……簡単に言えば迷子…かな」

大の大人が迷子というのも恥ずかしい話だが実際似たり寄ったりだ。迷子、というには途方もなく大きい規模だけど。

「近くに人が居るところとか知らないかな」
「…ごめんよ。僕も人を探していたところなんだ」

そう上手くはいかないか。

……ぎゅるる、と少年のお腹から音がなる。お腹減ってるのか。バックがあれば中にチョコレートが入っていたが…見渡す限りでは落ちていない。…あったところで溶けてそうだけど。

「…ごめんね。食べ物…というか何も持ってないんだ」

恐らく少年が私に声をかけたのはそれ故だろう。

「ううん!それよりおねいさんが怪我をしていた訳じゃなくて良かったよ!」

そう言って少年はにっこりと笑う。その笑みは眩しく、鬱陶しい日差しとは違って頬が緩む。とっくに涙は止まっていた。

この少年は一人なんだろうか。見たところ近くに大人はいない。…一人でさ迷っていたのか?こんな砂漠を…?

「折角…というか、よかったら一緒に人を捜してくれないかな。君が嫌じゃなければなんだけど…」

このまま放っておくには周りに誰も居ないし、何より私としても一人より二人のが心強い。正直今の私のメンタルはズタズタだ。

「いいのかい!?」

少年は驚いたように、嬉しそうに声をあげる。

「私がお願いしてるんだから勿論だよ。……私はハル。君は?」

尋ねると少年は満面の笑みで答えた。

「僕はアラジン!!宜しくねハルおねいさん!」

差し出された手を握り返す。…温かい手。小さい子供の手。

…アラジン。

「…ハルおねいさん?どうしてまた泣いてるんだい?」
「え?」

あれ、ほんとだ。頬に触れれば水滴が指についた。……なんで泣いてるんだろう。悲しくも痛くもないのに。

「…もしかして僕、なにかしてしまったかい…?」
「う、ううん!それはないよ!それだけはない!!」

しゅん…、といかにも落ち込んでしまったアラジンを見て急いで否定する。手は繋いだままなのでぶんぶんと振った振動がアラジンにも伝わる。

「多分、嬉しいんじゃないのかな!漠然とこれから先私は独りなんだと思ってたから…」
「…………」

あの感情には孤独も含まれていたから嘘ではない。…ふいにアラジンの握り返しが強くなった。

「でもアラジンがいるから二人になれた。ありがとう」
「!」

孤独が無くなったのは、涙が止まったのはアラジンのお陰だ。本心からお礼を言うとアラジンは驚いたように私を見上げていた。

私は手を引いて歩くように促す。……アラジンは動かない。

「…ど、どうしたの?」

アラジンはうつむいていた顔を静かに上げる。それから微笑む。

「何でもないよ!さぁ行こう!僕もうお腹が空いてあと数分も持ちそうにないんだ!」
「わっ」

手を引っ張られ急いで足を動かす。さっきのが何だったかは分からないが、アラジンが元気そうならいいかと思うことにする。

アラジン……アラジン、か。

何故かその名前は私の中にしっくりと嵌まった。

 

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