ジーザス

□私は求めていた
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迷宮(ダンジョン)」とは。

今から14年前より世界のあちこちで現れた建造物の総称。その建造物の中には古代の遺跡があり、宝があり……なにより魔法の道具があるんだとか。

魔法……。そう言った少年に違和感はない。…ここはそういうものが存在する世界なのか。

そして、その迷宮を攻略し宝を手にしてお金持ちになるのがこの少年の人生計画なんだという。

確かに、宝くじを買うよりかは現実的だ。…でもそんな夢の建物ならとっくに攻略されてそうなものだが。

「迷宮」と言うくらいだ。恐らく並み半端なものじゃないんだろう。仕掛けとか…魔法があるなら魔物とかもいるのかもしれない。

そう考えると少しだけ楽しそうだなぁ、と思った。


私の感情とは反してアラジンはあまり興味が無さそうだった。だが、少年がいかにお金が素晴らしいかを説き、食べ物も好きなものを食べられる話になると食いついた。

…アラジンはお金より食べ物だもんなぁ。

それから綺麗な女性も寄ってくる、という話にも食いついた。

………アラジンおっぱい大好きだもんなぁ。

そんな二人のやり取りを聞いていた親子も笑みを漏らしていた。

「フフッ、楽しいわねぇ君たち。うちの娘はね、"迷宮"の不思議なお話を聞くのが大好きなんですよ」

そう言って娘を見つめる母親の目は嬉しそうだった。

「………」

そんな親子に少年も優しい表情を向ける。

温かく柔らかい空気が馬車を包んでいた。

「貧乏人が貧相な夢を見ておるなぁ…」

それを破ったのは男。嘲笑うように言う。

「分不相応な夢を見でない。ネズミはネズミに生まれたからには…一生ゴミクズの価値しかない人生を送るのだから……だろ?」

…絵に書いたような"嫌なやつ"だな。

ここまで徹底していると関心さえしてしまう。…この男も男なりに苦労はしてるんだろう。甘やかされて育った人間はそんなことは言わないから。この男の上にも多分偉い奴がいて、頭を何度も下げているんだ。だからこうもひねくれてしまう。…それを理解したところで勿論好きにはなれないけれど。

「……」
「違うのか?」

少年の返事がないからか、もう一度男は尋ねる。その言葉に選択肢はない。

「いや〜っまったくダンナ様の仰しゃる通りで!」

振り返った少年の笑みは張り付けたもので不自然だった。

「僕らみたいなもんは、夢見るだけが関の山なんスけど〜。それでもがんばっちゃったりするのが〜ネズミの悲しき性というか〜」
「そうなのか〜?」

少年の笑っている声は掠れているようにしか聞こえない。…分かりやすいな、と思った。アラジンに暴言を吐いていた形相は凄かったが、さっきの親子を見ていた目といい…。"好い人"なんだろう。この少年は。それでいて苦労人だ。

どこの世界も大変だなぁ、と傍観した感想を抱いた。

瞬間

「!?」

突然馬車が大きく揺れた。そして、勢いよく横に倒れる。乗せていた樽が飛び出す。

「なっ…なんだ…!?」

なんとか体勢を整える。

「っ、アラジン大丈夫?」

咄嗟に近くにいたアラジンを抱き抱えたので私ほどの衝撃は受けてないはずだけど。

確認すればアラジンは頷く。

「何あれ_っ!?」
「"砂漠ヒヤシンス"だ…!!」

砂漠、ヒヤシンス…?

少年の目線を追うと奇妙で奇抜なモノがいた。

蟻地獄のように砂漠に穴が空き、その底に花のようなものが開花している。だが、その大きさと伸びる長い触手が只の植物ではないことを主張していた。…私の知るヒヤシンスではないな。

「穴に落ちるな食われるぞ!馬車を捨てて逃げろーっ!!」

他の馬車も皆同様に倒れ、乗っていた人々が逃げ惑っていた。

「おい、酒を運べーっ!!」
「ハイッもちろん!!」

私はもう一度砂漠ヒヤシンスに目を落とす。……なかなかに嫌いじゃない。中心にある液体は消化液か。あそこに触手で捕らえた獲物を入れてじわじわと食べるのだろう。

「ハルおねいさんも早く!」
「うん。そうだね」

観察している場合ではない。うっかり穴に落ちたらそこで終わりだ。

さっさと待避しよう、と目を反らす。

「あっ!?」
「ワシの酒ーっ!!!」

「…え?」

ボチャン、と中心の溶解液に"なにか"が落ちた。

「おい、お前早く車を出せ!チャンスだ!砂漠ヒヤシンスはエサを食っとる間は動かん。あんな小さいエサでは、すぐに食い終わっちまうだろうがな」

…今、落ちたのって。

何やら大声で叫んでいる男の側には顔を青くし、穴の底を見つめ、震える母親。

_…落ちたのは、あの女の子か!


…どく、どく、と心臓が波打つ。


どうする…。飛び込んだところで私に女の子を救うことは出来ない。私には出来ない。砂漠ヒヤシンスの食事を増やすだけだ。…警察や消防はいないと考えた方がいい。呼んだところで到着するころには女の子はどろどろに溶けている。

私に女の子は助けられない。
でも、何かしないと

「あの子供の代金なら…ワシがいくらでも払ってやるから…」

何か

「!?」

_ガッ、と何かが飛んできて樽の山に突っ込む。"何か"は例の肥えた男だった。その男を殴り飛ばしたのは少年。

「てめえの汚ぇ酒で!!!人の命が買えてたまるか!!バカ野郎!!」

そう叫ぶと少年は樽を持ち穴の中へ滑り落ちていく。樽……

そうか酒だ。

「今、助けるぞ!!」

肉食植物は水分を欲している。穴の底に居るのも地中の水分を吸い上げるためだろう。だからお酒の吸収は早い。女の子を消化するよりも。それにアルコールが入っているから異物として女の子と一緒に吐き出すかも知れない。

「…でもあの巨体で一個で足りるとは思えない。アラジン…アラジン?」

アラジンは笛を一所懸命吹いていた。何をしているんだ、と考えて理解する。……そうか。ウーゴくんならば一気に運ぶことができる。

「アラジン、ウーゴくんは?」
「それが笛に砂がつまっちゃって出てこれないんだよ!」
「え!?」

そんなことあるの!

「つまっちゃったって…そんな」

なにか細いもの…なんて都合よくあるわけもない。

「この子を!!」

声がして振り替える。少年が落ちたはずの女の子を抱えていた。

まさか、足りたのか。

驚いて穴底を見れば触手が勢いなくへたっている。…でも、所々はぴくぴくと動いていた。思った反応とは違うが、どうにか動きを止めることが出来たらしい。…しかし、一時的か。だが一時的でも動きを止められたのは大きい。

「砂漠・ユリ科の肉食植物は酒に酔うんだ!酔いつぶれたら地中に帰ってくれる。今のうちに逃げるんだ!!」

え、そうだったんだ。

少年の言葉に内心感嘆をうつ。…そうだ。ここでは私の常識は通じないんだった。そもそも本来肉食植物は湿地帯に多い。その時点で食い違っていた。

少年は女の子を母親に引き渡す。

「君も早く」

私は少年の腕を引っ張る。少年は驚いた表情で私を見る。

「!あ、ああ!」
「アリババ!!まだだ!!」

「え…」

強い力に思わず少年の腕が私の手から抜ける。

少年が触手に捕らえられた。

「!!酒が足りてねぇ…!!」

やはり酒は足りていなかった。

少年は触手に捕らえられたまま身動きが取れない。助けないと。

助けないと。

「………」

でも、どうやって。私の力では少年のように溶解液に樽を投げ込むことは不可能だ。仮に穴を降りていった所で樽を持ったまま花弁の部分を登って溶解液に入れることは出来ない。

次は、もう一個でいい。少しの酒でいい。そうすれば少年が助かる。

「……あ」

_砂漠ヒヤシンスはエサを食っとる間は動かん。

……そうだ。エサを食べている間は動かない。エサと酒…。

_バキ

「っ……!!いっ!」
「っな、何してるんだ女!!」

樽の一つにおもいっきり踵落としをする。拳よりかはいいかと思ったのだがじん、と足が痺れ割れた木が肌を突き刺す。…痛い。

そして樽を傾け、両手で抱え、中身を頭から被った。

「お嬢ちゃん!!なにを…」

アルコールの匂いに鼻が曲がりそうになる。目に染み込んだ痛みで涙が滲む。

…大丈夫だ。女の子もここから落ちて溶解液に入れたんだ。私も大丈夫。私は穴から距離を取る。助走をつけるためだ。

「ハルおねいさん!?」

穴に飛び込む寸前、アラジンが驚いた顔で私を見ていた。

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