灰色のルフ

□霧の団
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『…酷いですね』

ハッサンさんの目に軽く触れる。それだけで彼は苦しげにうめいた。

目を横に深く斬られていた。左目だけだが…もう見えないだろう。

『視力はもう戻らないでしょう』
「っ!おい!治せるんじゃなかったのかよ!」
『落ち着いて下さい。もちろん、治せます。本来ならの話です』

カシムさんを抑える。
…回りにはカシムさん、ザナイブさん以外にも数人の人たちが見守っている。

『…始めます』

彼の目に触れ、願う。

…治して…

「!?」

彼の目を光が包む。
白い光ではなく灰色の光が。

そして一瞬のうちに光は止む。
余韻で灰色のルフが何匹か辺りを飛んでいる。…それも直ぐに消えた。

『…どうですか?』
「……見、える。傷も、痛くねぇ!」
『それは、よか』

_クラリ 視界が歪む

「っおい!大丈夫か」
『!…ありがとう、ございます。カシムさん』

カシムさんが支えてくれたことにより、床に倒れずには済んだ。
しかし、

_ぐぅ その瞬間お腹がなる

その音に周りが目を丸くする。

『…あの、すみません。食べ物ってありますか。私ここ最近何も食べてなくて…力、使うとお腹、減って…』

頭がクラクラするのは治らない。…そうだ、ナイフと引き換えにあの女性に食料渡したから食べてないんだ。

「っおい!今すぐなんでもいいから食い物持ってこい!!」
「あんたら今すぐ持ってきな!!」

揺らぐ視界の中、私を覗くカシムさんが凄く心配そうで驚いた。



______
__





『本当にありがとうございます!』
「あ、あぁ…」

ノアの目の前には空の箱がつまれていた。
その中には元々食料が入っていたのだが、ノアにより一瞬で空になったのだ。誰もが振り替えるほどの美人な彼女からは想像も出来ない食欲に、カシム、ザナイブ、ハッサンは皆口を開けていた。

そんな様子をノアは気にも止めない。

『…危うく餓死するところでした』
「い、いや。こっちこそ仲間を助けてくれてありがとな…」

カシムさんの笑顔は柔らかい。その顔に私の頬も緩む。
それからカシムは真剣な顔になる。

「ノアさんって言ったか?」
『はい』
「アンタ…"霧の団"に入らないか?」

霧の、団?
どこかで聞いたような…。
あ……確か、最近バルバットに現れた謎の盗賊団だって酒場のおじさんが言っていたような。
ここにいる人が何らかの集団であることは分かっていたけど、…ここが霧の団だと言うのか?

「ノアさんはこの国をどう思う」
『この国、ですか。…そうですね…正直、良いとはいえません。それもこれもアブマド王が原因らしいですが』
「っああ、そうだ!」

カシムは肯定するように深く頷く。

「国王は俺たち国民をゴミとしか思っていない!だから俺はそんな憎き王、アブマドを倒すために戦力を集めて霧の団を結成した!…だが、俺たちに医者は居ない。いくら戦力をつけても怪我人は必ずでる…だから、お願いだ!
霧の団に入ってくれ…!さっきみたいに俺の仲間を救ってくれ!」

彼の目は真っ直ぐだ。…それは確かに私を信用し、懇願するような目。…でもその奥は…

…誰も信用していない。

『ごめんなさい』
「っ!」
『私には使命があるから、霧の団に入ることは出来ない』
「…そうか…」
『ですが、この国のアブマド王を放っておこうとも思いません』

私はカシムさんに近づき手をとる。

「!」
『協力、というのはどうでしょう?』

私が微笑むとカシムさんは驚いた顔をしていた。

『私、資金稼ぎに副業で傭兵もやっているんです。ですからカシムさんが私を雇えばいい。お代は要りません。あくまで"協力"ですから』

仲間になることは立場上出来ないが、彼を放って置くわけにもいかない。

…彼の闇はとても深い。きっと大きなことを今まで何度かしてきている。

そして、これからまた起こそうとしている。

彼は危険だ。巨大な力を欲している。
…闇の金属器に辿り着くのも遅くはない。奴等より先に先手を打たなければ。

『どうでしょうか。悪い話ではないはずです』
「…ああ。俺たちには利点しかねぇ。…なら、お前の利点はなんだ」

意外とカシムさんは勘が良いようだ。

『人探しをしているんです。バルバットに来たのも情報を集めるためです。なら、霧の団からの方が集まりやすいと思ったからです』

これは嘘ではない。どこの国も、裏社会に通じてる方が情報は集まりやすい。

「……分かった。あんたを雇う」
『ありがとうございます、!』
「っ……」

カシムは顔を反らす。

『カシムさん?』
「……なんでもねぇよ」

カシムが顔を反らすのはノアの笑顔のせいなのだが、そんなことを知らない彼女は首をかしげる。

『あ!カシムさん。これを』

ノアは思い出したようにカシムにピアスを渡す。

「これは…?」
『離れた場所でも私と会話が出来る魔法道具です。お呼びの際はピアスに触れながら話してください。少し魔力(マゴイ)を消費しますが大したものではありません』

そう言えば、分かった、とカシムさんは受けとる。…よし、これで策は仕掛けた。後は、何時引っ掛かってくれるか。

『では、私はこれで失礼します。宿も探さなければならないので』
「あ、ならここに泊まってけよ!」
『…いえ。お気持ちはありがたいですが遠慮させてください』
「そ、そうか」

私とカシムさんが一緒に居たのでは策の意味がない。気持ちは嬉しいが、断らさせて戴こう。

『では、また』

ノアは去る









「ノアさん、か…」
「カシ、ム?」

ザナイブはカシムの表情を見て驚愕する。そしてそれを疑問に思って横からハッサンも覗くと、同じく目を見開く。

なぜなら…
カシムはノアの後ろ姿をとてもいとおしそうに見ていたのだから。

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