異譚・藤梅催花

□5. 不知火−シらぬヒ−
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――ザァ......ザザァ............


......波の音?


月明かりも灯火も無い暗闇の中、静かに波の音だけが遠く聞こえる夜の海辺に、僕は立っていた。

......ここは......どこの海だろう?

僕がただの刀だった頃の、遠い昔の記憶を辿る。
清正公の傍らに在った頃、ここに来たことがあるような......そんな気がしたから。

......もしかして、ここは......


――ザ......

......! ......誰か来る!

波の音に紛れて、近付いてくる足音が聞こえてきた。
僕がとっさに身構えると、その足音の主は、間を取って立ち止まった。


『......藤、』


聞こえた声に、胸が高鳴った。
僕を優しく呼ぶ、柔らかく、透明な......愛しい声。

『藤やろ? 顔ば見してくれんね?』

その不器用なお国言葉混じりを聞いて振り向くと、銀髪の美青年が僕を見つめて立っているのが、暗闇の中なのにハッキリと見えた。


「......煌?」


夜空に煌めく星みたいな、美しい刀。
僕が最初に憧れた、“神様”。
僕の初恋で、特別で、唯一の、“兄の君”。

「煌......なんですか?」

そう......煌が、肥後郷がそこにいた。

『......なんかそん顔は、化物でも見たと? ......なんちな。』

僕の動揺に気付いたのか、彼は自虐ともとれる皮肉めいた台詞を言ってみせた。
そして......、

『やっぱお前か......美しゅう付喪神んなったな、藤。』

僕のことを『美しくなった』と言って、東雲色の瞳を僅かに細めた。

......ああ、僕の恋慕と追憶が見せる幻じゃない、本当に彼の姿だ。

「肥後郷......!」

堰を切ったように、涙がボロボロと零れ出して、僕は彼に抱き付いた。

「ああ......やっと会えた......!」
『こらこら、清正公御所用の名物『加藤国広』が、そぎゃん幼子んごつ、すぐ泣いてどぎゃんすっとか?』

子供のように泣き出す僕を咎めながらも、彼は抱き締め返してくれた。
僕の涙は、ますます止まらなくなる。

「でも、だって、煌......こうっ......ひぐっ、う、うえええええっ!!!! ひごごおおおおおっ!!!!」
『あーあー、もう、お前なぁ......耳元でぎゃんぎゃんおめくなち昔から言うとろうが、やかましゅうて耳の痛か......泣き虫な直らんまんまか?』
「ごめ......ごめんなさ......ふじは......、」
『こら、泣き止まんか。』
「ぐずっ......うぅぅ......、」
『泣くな。』

口では冷たく突き放すように叱るけれど、嗚咽で震える僕の背中を撫でてくれる、その腕は優しかった。


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