夢小説集@

□宝石の国
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薄情に死涙
※やや特殊設定、8巻試し読みしてきた勢い


私は今までの宝石の中で珍しい体質の持ち主で、先生曰く「私の体内の微小生物(インクリュージョン)が活発で、新しく生まれては死んでいき、その死んだインクリュージョンが漏れでる体質」らしい。言われたものの感覚はよく分からなかったが、暫くして仲間が月に行ったと聞いた時、私はぽろぽろと目から水をこぼしたのだ。ルチルは慌てて私の目を診るも異常はなく、これが先生の言う私の体質なのだと理解した。そして体質を理解してから百四十年目、異様な光景を目の当たりにすることになる。

***

「ミツバ、頬にヒビが入ってるぞ」
「え、イエローほんと?ちょっと池で見てくるか」

ちょうど池沿いの廊下だったので、すぐ横にあった池に姿を映せば私の頬には中は見えていないものの、亀裂が入っていた。

「うわぁ、ホントだ…いつ入れたんだろ、イエローさっきぶつかった?」
「いや、触れてないだろ。寝ぼけてどこかにぶつけたんじゃないのか?」
「そうかなぁ…とりあえず保健室行って…」

ぴし、みし、ぴきっ。音が大きくなった次の瞬間、驚いたイエローの顔が見えて、たまたま通りかかったジェードの呼び声が聞こえた。辺りに水溜まりができていき、その中には私の破片が沈んでいる。イエローはルチルを呼ぶようジェードに指示して、ジェードはバタバタと廊下を駆けていく。そこで私の意識は途切れた。

***

「古いインクリュージョンは定期的に排出するよう、先生に言われなかったんですか?」
「言われないというか、今初めて知ったというか…」

私の欠けたパーツをはめ込んでいくルチルにお小言を言われながら、私は自分の体質に不便さを感じていたのだった。定期的に排出しなければ、今回みたいに新しいインクリュージョンが古いインクリュージョンを押し出そうとする。これは定期的に目から流した方が効率的だと私は思う。けれど、目から出すにしても意図的に出ることはなく、悲しいとか嬉しいとか、そういう気持ちになった時にこの古いインクリュージョンは溢れてくる。何回目だか覚えてないけれど、めんどくさい体質だなぁとため息をついた。

「ああ、そうでした。あなたに頼みたいことが。」
「ん、なに?」
「先生にこの報告書を届けてもらえませんか?今、手が離せなくて。」
「了解…と言っても、これ私のだよね?」
「ええ、そうですね。あ。それと、報告書の内容は見ないでください。」
「はいはい、分かってるよ〜」
「ならいいのですが。」
「それじゃ行ってくるね」

紙束を抱え、先生の部屋へと走り出す。

「(先生ならどうすればいいか、教えてくれるかも)」

***

「ご苦労。」
「それであの、先生。お願いがあるのですが…」
「言ってみなさい。」
「…この古いインクリュージョン、悲しいとか嬉しいとか、そういう時に出てくるんです。でもなかなかそんな場面なくて。どうすればいいですか?」

そして数秒間の沈黙。先生もよく分からないのだろうか、と不安になった瞬間。

「ミツバはどういう時、悲しいと嬉しいを感じる?」
「…えっと、仲間がさらわれたときとか、あと新しい子が来た時とか、ですかね。」
「ならば、悲しいも嬉しいも自然でいなさい。ミツバは優しい子だ。それ以外の場面でも、この水が流せる日が来ると、私は思っているよ。」

悲しいも、嬉しいも、自然に。
よく分からないけれど、先生がそう言ってくれるだけでそんな気がしてくる。

「ありがとうございます、先生。」

一礼して、先生の部屋をあとにした。
……悲しいも、嬉しいも、自然に。

***

「フォスフォフィライトが月人に連れ去られました」

報告を受けた先生は悲しそうに、「私のせいだ」と嘆いた。皆も眉を顰め、俯いている。

フォスフォフィライトことフォスは最近頭部を紛失し、ラピスの頭部を接合することに成功した幸運の宝石。フォスが起きてきた時、私は思わず溜まっていた古いインクリュージョンをぼたぼたと流して喜んだ。なのに、フォスが月に行ったと聞いて、古いインクリュージョンを流せなかった。冬眠の時に眠るまでの間お喋りをしたり、トランプしたり、頭を撫でたり、白粉花の実を集めに行ったり、一緒に戦ったり。大好きで、思い出が沢山あるのに。悲しいはずなのに。

報告が済んだ子は皆、 暗い表情で持ち場へと戻って行った。そんな中、私は立ち尽くしていて。口は自然と先生を呼んでいた。聞きたくてたまらないことがある。

「先生」
「…ミツバ」
「私はとうとう薄情になってしまったのでしょうか。」

先生は私を見て、ゆっくりと歩み寄ってくる。黒い布が視界を覆う。頭には固くて、それでいて優しい感触。先生は私を撫でていた。ゆっくり、割れないように。

「…気にするな」
「先、生……」

そして少しずつ、潤み始める視界。先生を見上げた時、水がぽろぽろとこぼれてきて、先生は手袋越しに指で私の水を拭った。

「ありがとう、ございます」

自分の感情を疑うようになるこんな体質、無ければいいのに。

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