それがあなたの夢ならば

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〜数年前のフランスにて〜

「こんにちは」

暇だったので(ナンパ相手を探しながら)散歩していると、唐突に声をかけられた。
それに振り向くと、そこには見知った顔があった。
ロングコートにマフラー姿の彼は、紛れもなくロシアだ。

「急にどうしたの」

何の連絡もなく現れたロシアに驚きながらも、俺は要件を尋ねた。
彼は真剣な眼差しを俺に向けている。

「今日は、君にお願いがあって来たんだ」

その有無を言わさぬ圧さえ感じる瞳に、俺はゴクリと唾を飲む。

「な、なんのお願い?」

風ひとつない、静かな間だった。
ロシアは、少しのあいだ躊躇うと、意を決したように口を開いた。

「フランス君に、ある女の子を託したいんだ。『星花』って名前の子を。君は、いつかW学園に通うって言ってたでしょ? きっと、あの子もそこに通うことになる。だから、せめてその時だけでも、見守っていて欲しいんだ。……僕は、通えるか分からないから。だから、お願い。初めて僕を、好きになってくれた子なんだ」

一気にそう捲したてると、ロシアは使い果たした息を取り戻すように深呼吸をした。

「待って待って、星花ちゃん? 一体どこの子? 急すぎるし一気に言うし、他にも突っ込みたいところ多すぎるしで、お兄さんついていけない! 」

俺がわけも分からずこんがらがる頭を整理できずになんとかそう言うと、彼は申し訳なさそうに頭を下げた。

「ごめんね、焦っていたからつい……。星花ちゃんって言うのは、日本君の所の子なの。あの子と約束したんだ。あの子が大人になったら結婚しようって。僕、そんなに人に好きになってもらったことがないから…ベラルーシ以外に…。だから、そう言ってくれたあの子だけは何があっても守りたいんだ。例え、その言葉が子供の一時の夢だったとしても」

子供の一時の夢、か。
案外侮れないかもしれないな、と思いながら、その他の疑問をぶつける。

「W学園に入るって言うのはなんで分かったの?」
「それはね、あの子のお母さんが言ってたからだよ。あの子の家系は、いつもあそこに通うことになってるんだって」
「なるほどね。確かに、W学園に通う生徒は、そういう家の子も多いって話だよね」

俺は納得して頷く。
 
「うん。星花ちゃんも、その1人なんだ。だから、必ずあの学園の近くに越すだろうから、君も面倒を見れると思って。あの学園は、確か敷地近くに住まないといけないっていう、よく分からない決まりがあったよね?」

その規則は確かに、学園の案内に載っていた。
後で知ったことだが、そんなおかしな規則があるのは、国同士がこれまで以上に深く関わることから争いごとが生まれないように、また争いごとがあった場合にすぐ対処できるように、言ってしまえば監視のためなのだそうだ。

「確かに、そんな話もあったな。だけど、日本の所の子なら、日本に頼めば今からでも見てもらえるしいいじゃない。どうして俺なの?」
「それは、確かにあの子の籍は日本にあるけど……。あの子が住んでるのは、W学園の敷地近くなんだ。さっきも言ったでしょう、星花ちゃんの家は代々あの学園に通ってるって。会った時は、たまたまあの子の親御さんの実家に帰省していたらしくて日本にいたけど。だから、日本君にも頼めなかったんだ。彼がW学園に通うとも聞いてないし。それに、女の子って言ったら君だしね。……ああ、でも、フランス君でもあの子に手を出したら許さないよ?」
「出さない出さない」

口は笑っているが、目が笑っていない。怖かった。
俺は慌てて手と首を振る。
でもしかし、なるほど。そういう事か。
まだ僅かに疑問が残る気もするが、大方は理解したはずだ。
星花ちゃん、か。どんな子なんだろうか。
幼いからとはいえ彼を、ロシアを好きになるなんて、余程の優しい子か変わり者か……。

「どうか、よろしくお願いします」

その言葉を最後に話し終えた彼が帰っていく頃には、『星花』という少女に会うのを少し楽しみにしている俺がいた。


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