The secret of midnight

□世界名作童話 赤ずきん編
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木立の合間から薄日が差し込む深い森の中、迷路のように入り組んだ道の真ん中で名は父に手渡された地図を見ながら棒立ちになっていた。
『この地図...全っ然分からないんですけど...!!』
名は既に1時間半も森の中をさまよっていた。
手にした籠の中のケーキとワインに目をやると彼女の腹が小さく音を立てた。
思わず手を伸ばしかけた手をぐっと握りしめてため息をひとつ零すと側の切り株に腰を下ろした。
がさがさという物音に彼女が背後を振り返ると木陰から兎らしき耳が飛び出ているのが見えた。
彼女がそれを凝視しているとそこから顔を覗かせたのは見慣れた人物だった。
「やあ、名ちゃんじゃないか。」
「あら...、秋山さん。」
彼の頭部からは長くて白い耳が生えている。
名は妙な違和感を感じながらそこを見つめた。
「...意外と似合いますね。」
「自分でもそう思ってるよ。」
彼女が手を伸ばすと兎は屈んでみせた。
「すっごい...ふわふわです...!」
どういうわけか耳は彼の頭部から直に生えていた。
「名ちゃんは今日も美味しそうな匂いがするね。」
兎は彼女の首筋に唇を寄せて鼻先をひくひくと動かした。
「またそんな事言って。美味しそう...なんて言ったら私もお腹減っちゃうじゃないですか。」
兎のイタズラを軽くあしらって名は茶目っ気たっぷりに笑って見せた。
「それは好都合だ。良かったらケーキでも食べに行かないかい?」
兎はにっこりと優しく微笑んで彼女の腕を取った。
「ケーキ...。いやいや、ダメです。私、そのケーキを今から神田のおじさんの家に持ってかなきゃならないんです。(激しく行きたくないけれど...)」
名は腕から下げた籠を指差し、いかにも面倒くさそうな顔をするとうなだれた。
「...それはまた面倒な事を頼まれたもんだね。で、もう夕方だけど大丈夫なの?夜の森は危険がいっぱいだよ。」
そうこうしているうちに辺りは暗くなり始めている。
「カムロの森っていつ来ても迷路みたいで全然目的の場所に辿り着けないんですよね。
しかもこの地図、見てくださいよ...。」
名は父に手渡された地図を秋山に見せながらため息をついた。
それを見た兎は苦笑いを浮かべ、小声で「子供の落書きの方がまだマシだろうな...。」と呟いた。


3時間前、名がキッチンで鼻歌を歌いながらクランベリーのケーキを焼いていると父の吾朗に呼ばれた。
「名チャン、今からお使い行ってもらえへん?」
「ええっ?今から!?」
テクノカットの父はこのクソ寒い冬でも素肌にパイソン柄の上着を羽織っただけの出で立ちで素振りをしていた。
「お父さん、家の中で斧を振るのはあれほどやめてって言ったじゃない。それに私今から...、」
「ああ、すまんすまん。」
「もう、ほんとに辞めてよね?...それと、私、今から...、」
「ほな、これ地図。神田のおっさんとこ見舞いに行ってもらえへんか?」
またも彼女の言葉を遮り手に紙切れを握らせると吾朗はまた素振りを再開した。
「ええーっ?!(見舞いとか言って、行ったら絶対肩とか揉んでくるよ...もう痛いからほんと勘弁なんだけど...!!)」
「おとーさんも可愛い名にこんな事頼むの嫌やねん。」
「そんなの南くんに行かせたらいいじゃない...。」
使用人の南はどこかへ出かけたまま戻ってきてはいなかった。
大方、吾朗が雑用でも言いつけたのだろうと彼女はふんでいた。
名ががっくりと肩を落としてうなだれていると吾朗はにんまりと笑った。
「言うこと聞いてくれたら、名の欲しいもん買うたろかなぁ〜。」
その言葉に名の頭の中には買い物リストに書かれた物が次々と浮かんだ。
「えー...どうしようかなぁ...うーん...。」
悩んでるフリをしていても傍目からはただの演技だということがバレバレだった。
「もう、しょうがないなぁ...。」
呆れた顔を浮かべる名の頭の中は既に欲しい物を手に入れた喜びでいっぱいになっていた。
「ほな、気ぃつけてな。カムロの森は夜になると危険やから。」
「はーい。」
名は焼きあがったクランベリーのケーキを綺麗にラッピングすると籠の中へとそれを収めた。
「ああ、ちょーどええ。そこのワインと、そのケーキ持ってったらええわ。」
「え?!これはダメ!!」
彼女は断固として拒否をした。
それはある人に渡そうと思って彼女が心を込めて作ったケーキだ。
「...名は何が欲しいんやったかなぁ〜?」
名はその言葉にぐらつく心を何とか堪えて、承諾した。
「うぅ...分かった...。とりあえず支度したら行ってくるから…。後、斧振り回すのやめてって言ってるでしょっ!」
ケーキはひとまず持っていく事にして、神田のおじさんにはワインだけ渡せばいいだろうと名は考えていた。
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