The secret of midnight

□Replay
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存在を感じさせない程綺麗に磨きあげられたガラスの向こう、澄み切った空に一筋の飛行機雲が見える。
ロビーのソファに腰をかけ、隣に座る峯に分からないように名は欠伸をした。
新聞に視線を落としていた峯は名の体がゆっくりと上下するのを視界の端で捉えた。
「まだ後二日ぐらいはここに居たい気分です。」
来週の予定をチェックしながら名は手にしたスマートフォンの画面を開いたまま穏やかな笑みを零して峯へと視線を向けた。
チェックアウトを待つ二人の前では家族連れが楽しそうに話していた。
それを見るともなしに、峯は昨晩の事をぼんやりと思い出して静かにため息混じりの吐息を漏らした。


地方の観光地から少し離れた場所に名とその上司である峯は出張へと訪れていた。
自社グループのリゾートホテルの建設はこれで5軒目になる。
周りにも幾つか大手の宿泊施設があったが、候補地に挙がったこの場所を実際に訪れてみると景観の良さと繁華街から少し離れている事で程よく落ち着いた雰囲気があった。
出張初日の晩、建設予定地にほど近いホテルに宿泊した二人は夕餉のあとにホテルの庭園から夜空を見上げていた。
うるさい程の人工の煌めきを放つ都心と違い、自然の中で見上げた夜空には幾千もの星が瞬いていた。
「こんなに綺麗に見えるものなんですね。」
名は首が痛くなるほどに顔を上げて呟いた。
「都心では気づかない物や見えない物がここには沢山ある。」
まだ寒さの残る山あいの夜の空気はとても澄んでいた。
浴衣に薄手のコートを羽織った出で立ちの二人は今にも降り注いできそうな星屑を見上げ、これから自分達の選んだ場所で同じ星空を見上げ笑顔を零す人々の姿を思い描いた。
「やっぱり、ここを選んで良かったですね。写真を幾つか会社にも送っておきましたけど、みんなの反応もとても良かったですよ。」
名の言葉に峯の蟀谷がぴくりと反応した。
「...ああ...そうだな。」
部屋に置いてきたスマートフォンに送られた一通のメールを思い出して峯は気まずさに黙った。
「そろそろ部屋に戻りましょうか...。体も冷えてきましたし。」
名の提案に峯は無言で踵を返した。


チェックアウトを済ませて、夕方には自社へと戻るべく一泊二日の慌ただしい出張を終えるとまた喧騒の行き交う都心へと峯は車を走らせた。
運転席の窓を少しだけ開けて彼は煙草に火をつけると静かに紫煙を吐いた。
サービスエリアでホットコーヒーを二つ買って戻ってくると名は助手席で首を回していた。
ホテルを後にして暫くした頃、名は会話を途切れさせると車体の揺れに任せるように眠りについてしまった。
「起きたのか。」
「すいません。寝てしまって...。」
「疲れたんだろう。バタバタしてたからな。一日とはいえ色々詰め込みすぎたかもしれない。」
自分を気遣った言葉に名は眉尻を下げてから熱いカップを受け取った。
「峯さんの方が疲れてるのに…本当にすみません。運転までさせてしまって。」
「そう気にする事はない。それに、自分の車だ。姓に運転させたらいくら疲れてたとしても隣で眠る気にはなれないな。」
嫌味のように聞こえる言葉を吐きながらも本気ではないと分かるような彼の笑みに名は大げさな程しょげて見せた後にペロリと舌を出した。


名が峯の下で働く事になって一年半。
支社から異動になってきた峯という上司は何を考えているのか分からないような所が多々あった。
最初の半年は彼の掴みどころのなさに名をはじめ、同部署の社員達もどう彼に接していいかと日々戸惑っていた。
上司と部下という関係もあったことから、名は思っている事をなかなか口に出せずにそのストレスは日に日に彼女の負担になりつつあった。
仕事に不満はなくとても自分に合っていると思っていたが、どうにも新しい上司と上手くコミュニケーションが取れない事で名は転職を考えるようにまでなっていた。
ある時、ちょっとした揉め事になった折に名は思っている事をすべて口にした。
すると彼女の予想に反して峯はいつもの様にはぐらかしたり黙り込んだりするような事はせずに彼女の思いに真摯に応え、峯の考えや思いも全て名に吐露した。
峯は彼が入社してすぐの頃、その時に配属された先の上司が彼の意見や思いに全くと言っていいほど耳を傾けて貰えなかった事でとても大きなストレスを抱えていた。
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