The secret of midnight

□蠢く指先
1ページ/7ページ


【強制わいせつ罪】
刑法第176条
13歳以上の者に対し、暴行又は脅迫を用いてわいせつな行為をした者は、6月以上10年以下の懲役に処する。13歳未満の者に対し、わいせつな行為をした者も、同様とする。

****

それぞれの職務を終え家路へと向かう人々を乗せたその大きな鉄の箱は、出入口さえあれど、しばしの間密室になる。

混み合う車内。
名の肩や背中にも、誰かの荷物や体が押し付けられていた。

一日の活動による人の匂いがムッと籠っている気がして、名は若干嫌悪を抱きながらも、イヤホンから聞こえてくるリズムに合わせて指先を微かに動かしていた。

見慣れた車窓からの景色。
出入口付近に立ち、壁際に体を押し付けるようにしていると間もなく電車が止まった。
どっと流れ込んでくる人の群れ。
名はその人物を確認すると、早くも胸が高鳴るのを感じていた。


事の発端は数週間前に遡る。
課の異動が決まり、以前の退社時刻よりも少し遅くなった事で名は利用していた電車の時刻を変えざるをえなくなった。
数本電車を変えただけでも利用客の数がだいぶ変わり、名は毎晩のように毎員電車の中もみくちゃにされるようにして自宅の最寄り駅まで揺られる事となった。

女性向けのカルチャーやファッションを扱ったアプリを見ながら、スマートフォンの電池残量を気にする。
20%程しか残っていない。
バックグラウンドで起動していたミュージックアプリを閉じ、外したかけたイヤホンはそのままにしておいた。
背後で話す同年代らしき女性達の会話が耳障りに感じた為だ。
「昨日さー、マジでヤリ過ぎて腰痛いわー。」
「てかさぁ、毎晩ヤッてない?どんだけ絶倫?」
「絶倫とか〜。だって仕方ないじゃん。せーよく溜まってんだよ。」
「あははっ。マジ〜?ゴムどんだけあっても足りないね〜。」
下らない会話に眉を顰め心の中で毒づきながら、名は久しく自分に訪れていない刺激に少しばかり寂しさを感じていた。
ガタンっと大きく揺れて電車が止まると、ドアが開くと同時に入ってきた人々の群れの中に少し大きい体躯をした男が名の横に立った。
停車した電車はすぐに発車するとまた人の波が一斉に揺れた。
すしずめ状態のような車内、波に押された名は壁際に押しやられ、横にいた男と名は向かい合うような形になった。
男の持っていたビジネスバッグが名の腕に当たる。
「失礼。」
低い声で言われ、名は普段なら車内で改めて他人の顔を見るような事はなかったがその時ばかりは顔を上げて男の顔を見た。
「...いえ。すみません...。」
彼女も自分の体が意図せずとも男に押し付けられていることに申し訳なさを感じてそう答えた。
男から香ったものだろうか、微かな香水の香りが名の鼻を擽った。
目の端に男の顔を映す。
思わず息を飲むほどに整った顔立ち。
逞しい体とどこか不似合いに感じてしまうほどの清潔感と男の色気を併せ持った男に名はそっと顔を赤らめるも、何か浮遊するような感覚を抱きながら体の奥が熱くなるのを感じていた。

一年前に別れた彼氏には、未練のひとつも残っていない。
幾度か誘われた飲み会でそれなりに気になった男もいた。
中には一ヶ月程付き合った男もいた。
目の前の男が彼女にとってタイプであったという訳でもない。
ただ、一瞬で心を揺さぶられる程の魅力の持ち主であった事は明白だった。

男の視線がじっと名に注がれる。
揺れる車内。
否応なしに押し付けられる体。
名が車窓へと視線を走らせていた時、微かに彼女の臀部に偶然とは思えない感覚が走った。
また大きく車内が揺れた。
「...大丈夫ですか?」
名を囲うような形で二人の体の間に少し空間を作りながら気遣うように小声で男が尋ねた。
「大丈夫...です。」
その声音と雰囲気に名は少し気を抜いていたのかもしれない。
もしくは男の持つ雰囲気と色香にほんの少しばかり惑わされたのかもしれなかった。

座席と名の間にあるバーを男が左手で握って、もう片方の手は名の左側のドアに当てられていた。
つい先程までは名はそう認識していた。
ドアに体の斜め半分を押し付けている名の見えない所で男の手が動くのが分かった。
誰からも見えず死角になったその場所で男の手のひらが名の尻をやんわりと撫でさすった。
「っ...。」
言葉にならない声が喉元で止まりただの息となって名の口から漏れた。
次へ
前の章へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ