The secret of midnight

□Her Favorite
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『Her Favorite』

煌びやかなイルミネーションに彩られた街並み。
流れるクリスマスソング。
足早に家路を急ぐ人の群れ。
あちらこちらに見える若者達はこれから時間も忘れて夜通しパーティーでもするのだろう。

年中無休のような生活を送っている峯にとって季節の行事は無縁である。
それでも折角の誘いを断る理由はない。
相手が六代目ともなれば尚更だ。

流線形の美しいフォルムに目を引く鮮やかなイエローのボディカラーが映える愛車、ランボルギーニ・レヴェントン。
世界でたった20台という生産数のうち、そのオーナーの一人である峯はドライバーズシートから降りた。

アパレルブランドの路面店が立ち並ぶ、その一角にあるオーダースーツの店の前で峯は足を止めた。
ひとつ大きく深呼吸をしてから扉に手をかける。
「すみません、本日はもう閉店で...、」
聞き慣れた女の声が彼を出迎えた。
「アポは取ってあるのですが。」
「峯さん。」
「こんばんは、急ですみません...。」
「いえ、お誘い頂きありがとうございます。」
カッチリとした漆黒のジャケットを身にまとった名の唇が弧を描く。
閉店時間を過ぎてもまだ散らかったままの店内に峯は目を走らせた。
「ごめんなさい、先程まで顧客のお客様がいらっしゃってたので。」
アンクル丈のパンツから伸びた彼女の足元のヒールが音を鳴らした。
「年の瀬にスーツを仕立てる客が?」
「ええ。年明け暫くまではお待ち頂きますけど、新年に合わせて新調される方も多いので。」
「なるほど。
...今日は何か予定はなかったんですか?」
クリスマスイブ、特に意味を持たせて言った言葉でもない事は峯という人柄を見れば一目瞭然だ。
名も嫌味に取る訳でもなく素直に答えた。
「ええ。ここ数日は会社の忘年会があったり残業が続いてたりでバタバタしていたんですけど...。」
それを知ってか知らずか、大吾が名を食事に誘った事に峯は柄にもなく苛立ちを覚えた。
「そうですか...お疲れでしょう?大丈夫ですか。」
そうは言った峯は、疲れている時ほど彼女に会いたいと思う自分を独りよがりもいいとこだと思い唇を歪めた。
「ふふっ、少しだけ...。
でも、大吾さんから峯さんと三人で食事に行かないかって連絡を頂いたので...。」
彼女の言葉に峯が眉根をぴくりと動かした。
「それより、こんなクリスマスイブの日にお店、よく取れましたね。」
「ええ、そこはまぁ...。」
忘年会シーズンに加え、クリスマスという書き入れ時に予約も取らず飛び入りで店が取れるような事は、なかなかないだろう。
そこは大吾の顔や『つて』があっての事だったが、そうは言ってもいい店に空きが出来たのは幸運だった。
「大吾さんはまだですか。」
峯が店の中にぐるりと視線を巡らせた。
「ええ...まだ来てませんよ。
どうぞ、おかけになって下さい。」
そう促され峯は傍らのソファに腰をかけた。


行きつけのオーダーサロンに勤めている名を峯が知ったのは二ヶ月程前だ。
珍しく真島に連れられて行ったのは、真島が一人で通っている落ち着いたバーだった。
そこで偶然知り合った名とは店で会う度に話をするようになった。
その日峯を紹介された名は彼のスーツ姿に目を奪われると、自身の勤めるブティックへと足を運んで欲しいと申し出た。
単に売上が欲しかった訳ではない。
彼に似合うスーツを見立てたいというのがその理由だった。
他に贔屓にしている店等は特になかった峯だが、その場しのぎに適当に相槌を打った。
だが、後日偶然にも大吾に「スーツを見立ててくれる良い店を知らないか」と尋ねられ、思いついたのが名の勤める店だった。
その後、大吾のスーツを仕立てる為に峯は同伴する事になった。
見知った顔を見つけた名は峯に笑顔を向けた。
件(くだん)の申し出を覚えていてくれたと思った彼女はそこで彼の上司だという大吾を紹介され事の経緯を聞くと快く受け入れた。
名が採寸をし生地選びをしている間、峯はその様子を眺めていたがそれは彼の予想を良い意味で裏切る事となった。
名の仕事ぶりに峯は関心を示した。
そこにはプロとしての名の姿があり、商売と言えど利益抜きのような気配りが多く見られた。
料金に見合う以上のサービスを受けた事に大吾も満足した様子であり、紹介した峯もまた安堵すると共に名に感謝の念を述べた。
接客としては不足等はなく充分過ぎる対応を受けたが、それだけに留まらなかったのは彼女の纏う雰囲気や物腰にあった。
それは久しく恋心などという物を忘れかけていた峯を魅力するに値する程だった。
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