びたえあ
□1.予習、フクシュウ
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びたえあ
1. 予習、フクシュウ
【国際人権規約第三部実体規定】
第10条
自由を奪われたものの待遇
1.自由を奪われたすべての者は、人道的にかつ人間の固有の尊厳を尊重して、取り扱われる
※‐‐‐゙20199/117:52加筆
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月の出ている以外は特に明かりの無い夜の中。
暇だなぁと町を歩いていると、ふいに飛び込んだ目の前の世界に、ごくりと生唾を飲み込んだ。
集団が囲んで、一人をいじめてる……
ボクはにやけそうになるのを堪えた。
あぁ、ダメだ。
危険な衝動が、沸き上がる。
クズがクズらしく堕ちていくところが、見たい。
「ねぇ、混ぜてよ」
にたぁ、と笑った5人に、背筋がゾクッと粟立った。
「誰あんた」
顔もわからない薄そうなやつが言う。
「クラスメート」
「こいつに、恨みでもあんの」
ふくよかな体型が聞いた。
「ありまくるよ」
弱い人様に、寄ってたかるようなやつらだ。こいつらが、当然のように裁かれたらどれだけ気分がいいだろう?
僕は中心で叩かれていた弱そうな男に近づくと、まず、ばし、と右頬を殴って突き飛ばした。
「みんなにいじられて楽しい? 何、寝てるんだよ」
放っといてくれ、という目を向ける。
小汚ない髪や身体。
あぁ、イライラする。
「撮影しといてあげる」
そう言うと、また五人と弱いのを放置して、ボクはポケットから携帯を構えた。
「おい、俺らは撮すなよ」
誰かが言った。
「まーさか。ここに居る時点で、お仲間みたいなもんだろ?」
クスクス笑うと、それもそうかとまた五人がやり始める。
カメラ機能を構えて、とりまーすと言って、起動音をさせる。カメラを動かしながら、少し頃合いを見計らってこいつらを通報してくれというメールを知人に送った。
目の前で殴られるやつにも、五人にも腹が立つ。早く終わらないだろうか。
この携帯は型が古いので、だいたい夜に撮影するには向かないのだけどそんなこともわからないおバカさんたちだ。くだらないと思った。
履歴を消しつつ、ビデオを動かしてたが、ふいに電源を落とす。
「あ、ごめん。なんかこれ調子悪くてー。さっきの消えた」
ボクが5人に言うと、使えねー! とかが帰ってきた。
こうして何が悪いかも知らないまま補導されるだなんて、ウケる。
あーあ。
通報を待っていたけど、暇になったから、そいつらを放置して帰ることにした。あ、でも、怪しまれるかなぁ。うん、誰かひっかけて行こう。
「そこの」
中心でいじめられてたやつに声をかける。
そこの? と嫌そうにしたが五人の手が止まったからか、必死に救いを求める目を向けてた。
「話があんだけどさ、いつまでもこいつらと遊んでるから、早く終わらせて」
「ご、ごめん、今日は、おかねないから、用事は、また、するから……」
おどおどしながらそいつが言うと、5人が舌打ちする。ちょうどいいタイミングで誰かが来たみたいだから、ボクと弱いやつは慌てて退散した。
道路の向こうで阿鼻叫喚が聞こえたから、ボクは大笑いした。
あーあ!
みんな死ねばいいのに。
ボクはいじめられっ子が大嫌いだ。昔、足を引っ張られたことがある。
人を大事にできないからいじめられるし、数少ない人が優しくしても調子に乗るやつが多い。そんなイメージしか持っていない。自力で助かる頭がついてないやつなんか助けない方がほんとは正しいんだ。
あーっ、あーっあーっ!
集団のキモチワルイ嘆きの声が後ろから聞こえる。
不愉快だが、愉快だった。
バカがつるむことも、バカが威張ることも、バカみたいだ。
素晴らしい気分で、道を歩く。
途中のコンビニの明かりさえもが、なんだか癪だったけれど空腹でもあったから、
そちらに向かって、少しだけ食べ物を買って外へ出た。
時刻は23時くらいだ。
「あ、あの、助けてくれて、あの……」
後ろの弱いのが必死に礼を言ってた。
ボクには雑音にしか聞こえない。
「なーに。 何か?」
「あの、ありがと!」
目が隠れそうな前髪とか、ボサボサな後ろ髪とか、なんかいろいろ。
除いて、その隙間から見える小さな顔は、案外愛らしい。
が、腹は立つ。
「なに、あんなんと遊んでるんだよ」
「君は、怖くないの?」
案外通る声が聞いてくる。
「怖いものってさ、つい丸めた紙とかで、バシバシやっちゃうんだよね。見たくないから」
そいつが、潤んだ目でボクを見るからまたイライラした。
この手のやつが助けてくれた、だとか優しさがこの世にあるだとか中途半端に知らない方がいい。クズになって、また誰かの優しさを期待して、泣くだけのゴミになっていくことがあるから。
うまくそれを伝えきれない。
ただただ、イライラする。
見たくないモノを、見てるみたいだ。
「ボクさ、嫌いなやつに監視されて生きなくちゃならなくなってて、今、取り繕いながら笑うことがとても出来ないんだよね。顔がひきつっちゃって」
「ふぇ、な、なんで」
「わかんない。誰かがヘマをしたせいなのかな? 」
そいつらが、あいつを関わらせるから、ボクは一ミリも憎悪を消さないのだ。
「多少荒れても、そいつらがあいつを監視にするせいなんだから。
ボクの性格だけの問題じゃない。
四六時中見られてて、自由なんかあるかっつーの。自分のしたこともわからないやつに管理される身でストレスがたまってるのさ」
「大変なんだね……よくわからないけど」
ぺらぺらと適当に並べるボクに、そいつは複雑そうな目をして言った。
「でも、監視って?」
「しーらない。親戚かなんかのせいじゃないかな、昔から居るんだ」
遠くから聞きなれたエンジンの音がして、でかい、この国の道路には邪魔になりそうなサイズの外車がやってきた。
チッ、と舌打ちする。
「ほら、送るから乗りなよ、住所は」
そちらに引きずりながら言うと、そいつは、無いと言った。
な、無い……?
大理石の無駄遣いで出来た廊下を歩きながら、そいつをつれていく。
「おかえりなさいませ」とずらずらならんだメイドたちに、ただいまーとだけ言って二階へ上がった。
さっきまで愉快だったが、なんて不愉快なんだろう。ただ仕事すればいいのに、挨拶だのなんだの、ボクとコミュニケーションさせようとしないで欲しい。さっき運転してた執事のリュートがやってきて、また屋敷に泥棒がと言っていた。
どうでもいい。
「その汚いのは」
メイドの一人に聞かれてボクはよくわからないがむっとして、答えずに浴室に案内した。
風呂につれていくと、そいつは辺りをきょろきょろしていた。
「すごいとこに居るんだね」
「……あんたは、家は」
「なくなって、道で寝てた。なにも覚えてない」
「変なの。まあいいや、ボクは、別に助けてないからね」
「あ、で、でも」
おろおろしている。
ボクはなんだかイライラしながらも、部屋から持ってきた服と下着をはい、と渡す。
黒い石のタイルの上に、そいつの白い足は映えて見えた。
「早く洗え」
それだけ言って、ぴしゃりとガラス戸を閉めた。
その後、客よりお付きの人が多いデパートみたいに廊下に居た暇そうな一人に声をかける。
「何がいいか全然わからなかったけど」
コンビニで買ったにくまんを、人数分どさっと押し付ける。
必死すぎるくらいの礼を言っていた。
こんなに必死だと、ちゃんと食事をもらってないのだろうかと疑ってしまう。
「お墓参りは、いかがでしたか?」
「相変わらず」
「沢山お話できましたか」
「まあ、ね」
途中で帰っちゃったけど。
「でも、ちょっといろいろあって『全部』を周り切れなかった」
「さきほどの方は……」
「そう。それを拾ってたら、夜遅くなったんだ」
「そうでしたか」