奇跡

□楽しいお話
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2.楽しいお話(1/5)

やっとあなたから、
解き放ってあげられた。
敵、って言ったのよ。
敵なの。




「長い夢だったな」

夢に出てきた『彼』
の死の間際の彼の部屋にあった紙にあったのは、まるで孤独なんてないというような、言葉らしい。
 綺麗事に騙される『彼』が嫌いになった。
孤独はどうやったって美化できないという、皮肉の言葉。


「それでも孤独は孤独だよね、踊君。
何を言ってるのか、って全否定できなくちゃダメダメ」

死んでいる彼の写真を何度も破る。自殺を選ばないだけ、彼は強かったなというのが私の感想だった。
感情に惑わされて自殺なんかする人でなくて、本当によかったと思うのだ。

「くまさん。くまちゃん。どっちだっけ……? どっちだっけ、どっちだっけ」

記憶が混濁している。
毛先の少しカールした、ふわふわした毛並みの彼は、私の腕の中で、首から携帯電話をぶら下げたまま曇った目をしていた。
「くまさん。くまちゃん。どっちだっけ……? どっちだっけ、どっちだっけ、どっちだっけ、どっちだっけ」

 広い、畳の上の敷布団を畳んで起きる。

物と、私だけがある部屋。
愛なんて 汚い絵の具をつけないで純粋な目で見ることができる。
他人の感情なんて、汚い絵の具をつけない、単品として見ることが出来る空間。

 ロミオとジュリエットとか好きそう、と言った友人には悪いが私はドラマチック的な意味ではそれほど好きではない。
愛や恋も。

確かに、ロミオとジュリエットみたいに毒薬を飲んでみたい気持ちはある。他人の愛情を放り出して、死んだ相手の顔を眺めたら、どんな気分だろうと考えたことはある。
『恋』というきみの悪い病気にかかった、その存在から『打ち勝った』話だと思えば、私は前向きな展開だと思うのだ。

私を心配そうに見上げたくまちゃん、に私は頷いた。

「そうね。私は 『恋』 というものを砕くことも、素晴らしいことだと思うの。心は、自分で持ってなくちゃ。他人にあげたりしてはいけないわ」



 私も、心中するふりをすれば、誰かを殺せたのだろうか。
ロミオとジュリエットみたいに。
ううん、私なら、ちゃんと毒を飲み干したい。

一人生き残ったロミオがうろたえる様を見られないのは残念だけれど、死ぬ間際も人はうっすらと意識があるらしい。
声くらい聞けたなら、天国で大爆笑するのだ。

恋愛脳、グズ、間抜け。
たった一人私が死んだくらいで役立たずになるような姿はみっともなくて情けなくて、とてもつまらない見世物だろうな。

だけど『勝ち』だわ。
恋愛脳から逃げ切るための、数少ない、解答例。
 あぁ、そうだわ。
バンジージャンプ という儀式があるけれど、あれにも似たような部分がある。
やっぱりああいう話、好きなのかしら。

くまちゃんが、腕の中から私を見つめる。

「ううん」

くまちゃん、

くまちゃん、

くまちゃん、

「あなたは、しなないから。心中さえ出来ないのよね」

残念なようで安心するような、不思議な感じだ。





 ああ、私もいつか、誰かと毒を飲み合うのかな……
そして飲んだ毒を眺めながら「恋愛バーカ。お前みたいにそれしか頭にないやつは死ぬ方がいい」と告白して、目を閉じたい。
恋う人殺しになれないから、私は今日も、一人と一人。

100年後の地球では病院に、恋、の治療が生まれているだろうか?
つーか生まれろ。
今日は最高気温。
暑くて眠れず、縁側に向かう。庭にある丸い月が池に反射していた。



  私の名前は音海なえ。
少し前までは女子高生だった。くまちゃんの首に下げている携帯電話の画面には、夜中の時刻が表示されている。
学校に行くのなら、すでに寝なくちゃならない時間だ。
2019/02/24 02:09
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