わえわえ短長編つめ

□【shp+kn】短針
1ページ/1ページ


予定がある日は早く起きてしまう俺が、こんな時間に目を覚ますのは珍しかった。
「んぁ…頭いた…」
今日は18時からメンバーとの個人的な忘年会がある。
小さく呻き、枕元の時計を確認する。時計の針はもう17時を指しており、コネシマは半日以上寝ていたのだと悟った。
「うぉっ…まじかぁ…」
はぁ、と溜息をつきベッドから降りると、その床は変に冷たく感じた。

支度を終えソファーに沈む。顔を顰めながら数刻前から鳴り止まないスマートフォンを手に取り、黄緑色のアイコンをタップする。未読の通知は362件。グループ名は、「我々だ忘年会」。
「おかしいやろこれ…」
失笑しつつなおも更新の続く会話に目を通した。
トントン『何買ってこようか』
トントン『クラッカーいる?』
鬱『いる』
シャオロン『てかコネシマ寝てるんとちゃう??』
ゾム『それよりみんなどこ?』
ゾム『サプライズマクド持ってエミさん家の前にいるんやけど』
エーミール『帰ってください』
鬱『今から飯食うねんなwww』
ロボロ『おれも応戦しに行くわ』
会話履歴を遡る指を動かすと、ふと目に飛び込んだ素っ気ない字面に唖然とする。

ショッピ『今日って6時からですよね』
_______あ…
せや…ショッピ君も来るんやったな…

スマートフォンを机上に置き、机の下の引き出しに手を伸ばす。
がさがさと書類をかき分けた底に、風邪薬を見つけた。
緑色のビンに入ったそれを2錠、水とともに一気に飲み込む。

少し浮き立つ気持ちを抑え、皆の集まる酒屋へ向かった。




「あっ!!コネシマ来た!!」
店内に入って直ぐの椅子に、シャオロンは腰掛けていた。
「もうみんな個室で待ってんで。コネシマメッセージ返してこんし」
はは、と乾いた声を無理やり喉から絞りだす。
「ちょっと寝ててん」
「やろ!やっぱな!…ほんとにダメ男やな、コネシマは」
シャオロンは楽しそうに高笑いをする。

一向に上がらないテンションに疑問を抱きつつ、個室へ続く廊下を歩く。
部屋の前まで来ると、会話が廊下にまで聞こえている。
「ちょちょちょこれ見てみ!冷麺30人前」
「うぅわ最悪や…」
シャオロンが木製の引き戸を音を立てて開けると、いつものメンバーが騒いでいる。
「遅かったやん!」
「なんや寝てたんか??」
「女か?」
黙ってろや、とゾムは大先生の頭を小突くと「いたぁい」と笑う。
「まぁまぁここ座れ、座れって」
「…何様やねん______」
楽しそうやなぁ、と何故か他人事のように感じた。
促されるままトントンの右隣に座り机上に並ぶ料理を流れ見る。
串カツに胡瓜、冷やし茄子、枝豆にさきいか___どれも好物ではあったが、コネシマの瞳には何故か魅力的に映らなかった。
斜め向かいの端の席には…ショッピくんが居心地の悪そうに、しかし行儀よく座っている。
凝視していると目が合ってしまい、彼は意地の悪い笑みを浮かべた。
はやる気持ちを抑えながら、笑顔を作る。
「なんや」
「…なんでもないっす」
親しい相手が来て 緊張が解れたのか、さっきよりも幾分か表情が和らいで見えた。
親しい相手…それが自分だと思うと 途方もない優越感を感じる。
この時間が一生続けばいい___なんて、在り来たりなことを思うのも、きっと。

「今年は初参加のメンバーもいて、…えっと賑やかになりましたね!」
「下手くそか」
いつもの光景が眼前に広がり、何故か不安になった。

「まぁ 挨拶もこのくらいにして、まずは乾杯やな」
「せやな!」
「やな!」
鬱先生の合図で、メンバーは次々とジョッキを交わす。
何時もは何杯も呑むビールも、喉に焼きつく程に熱くむせそうになる。
ここで咳なんかしたら…楽しい空気はぶち壊しになるだろうか…。

ぐるぐると考えに耽りながら黙々と食べ物を口に運んでいく。

メンバーの会話ももはや、頭痛を促す雑音のように脳裏に絡みつく。

味なんて感じない。目の前にあるものを次々と口に放り込む動作は実に機械的であった。


気分が悪い。

あかんかこれ…吐きそ……。

笑顔を作り頭をかきながら立ちあがる。
怪しまれないように、
…なるべく自然に。
「すまん、トイレ行ってくるわ」
一瞬の沈黙も数える間もなく、扉をくぐり廊下に出る。
悟られたくなかった。体調が悪いなんて…それを隠してるなんて、俺らしくない。


「うんこシマやな」
「コネビッチウンコスキーっすね」
「あ、お前見たんかアレ!」
「コネシマさんの出てるやつだけ見ました」
「www流石やわ」
「ほぼ全部やんwww」
廊下まで響く談笑の声を聞くに、何も気づかれていない…らしい。
気づかれてはいない…頭ではそう思いながらも、どくどくと耳元で響く心音は止まず、乾いた口腔からはつうと銀色の唾液が零れる。
もう無理、限界…
滲んだ視界の中でなんとかドアノブを捉え、酷く冷たいそれを握った。
「っ」
個室に駆け込み、扉を施錠し 腰を丸めて便座に手をつく。
「ッぉえ…っ」
胃の中のものを吐き出そうと、苦しそうに喘ぐ。
「んえぇっ…ゲホッ」
指先は震え、視界はぼやける。
噴き出した汗は身体の芯を冷やしていく。
「んぁ…っ、…」
息が吸えない。
身体はあつくて、冷たくて、視界は暗い。
はやく、はやく楽になりたい。


「________コネシマさん?」


はっと目を見開く。
聞き覚えのある声…。
「しょ、っぴくん…?」

「いますよね、ここ、ここあけてください」

コンコンとドアが鳴る。

個室に音が反響し、落ちる。

駄目。
こんな惨めな所、見られたくない。
ましてや後輩に、後輩に…
嫌われたくない。軽蔑されたくない。

「今更嫌いになんか、ならないっすから」

「…っ…」
無意識に後ろ手を伸ばし、汗で冷え切った指で確かに鍵を回して開ける。
今は何も考えたくなかった。

「コネシマさん」
ショッピくんは動ずることなく俺の横に屈んだ。
体温の高い手がぽんぽんと、引きつった背中を撫でる。

「んんぅ…っ」
うまく吐けない。
羞恥と苦しさが入り混じって呼吸も荒くなる。

喘いで、行き場を失った唾液がぼたぼたと垂れるだけだった。

「辛いですよね…少しだけ、頑張ってください」
顎を上げられ、開いたままの口にショッピくんの指が差し込まれる。
困惑する隙も与えずに、挿入されたものはなんの躊躇もなく舌根をぐっと押さえた。

「んぐっ…、?!」
思わず嘔吐く。
「んっ、ぁ…っおえ、」
不快な水音に苛まれ、更に吐き気を催す。

恥ずかしい。なんだこれ。

消えたい!消えたい!

「まだ出ます?」
「…うぇ…っ、…は、」

生理的な涙がとめどなく溢れ、視界はやがてぐちゃぐちゃになる。

腹部に抱えていた不快感はいつの間にか消えていた。

「ん。偉いっすね」
優しく頭を撫でられると、ほっと体温が戻ってきた気がした。


薄れゆく意識の中で、光を手放す。

俺とは違うほのかな煙草の香りが、そのときはやけに心地がよかった。





「ふぇっ…くし!」


盛大にくしゃみをして目をさます。
ここは自分の部屋…?昨日は何してたんだっけ…。

鼻を啜りながら、手探りスマートフォンを探す。
周囲を見回した俺から、「は…」と間の抜けた声が漏れた。

そこには見慣れたジャンパーをひざ掛けにして、居眠りをしているショッピくんがいた。

彼の頭髪はいつもより少し乱れており、すうすうと寝息を立てる姿はいつも知っている彼とは少し違って見えた。
端正な顔やなぁ…なんて少し、見惚れてしまう。
我に帰り、しょっぴくん、しょっぴくん、と名前を連呼しながら肩を叩いてみる。

「んぇ…?あっ、起きたんすか先輩」

彼は寝惚けた目をこすっている。
状況が飲み込めない俺は 必死になって彼に問いただした。



「担いで連れ帰ったんすよ…あのあと、…先輩が倒れたあと」

…なるほど、枕元に目を移すと濡れタオルや市販薬が置かれている。それと…
…おかゆ…じみたものも。

ショッピくん料理苦手やったんや…俺と一緒か…

呆然としてうなだれる。
異臭を放つそれを見なかったことにして、まだ眠そうなショッピくんの顔をじっと見つめる。沈黙が落ち、気圧されるように唇が動く。
「せや…ショッピくんは楽しめたかなって思ってん…忘年会。ほら…初めての」

頭が回らず、口から零れる言葉は酷くちぐはぐだった。彼と目を合わせることが出来ず、変に緊張して汗が吹き出るのが分かった。

「楽しめたわけないじゃないですか」

せやろなぁ…、と小声でぼやく。

このグループを紹介した身として、歓迎会も兼ねた初めての忘年会は楽しませてやりたかった。
罪悪感に襲われ、一気に体が重たくなる。



「じゃあ、先輩がちゃんと風邪治したら」



「今度は二人で、飯行きましょう」
「ショッピくん…」



「…勿論先輩の奢りっすよ?」

彼は悪戯っぽく笑い、面白くて仕方がないという声色で話す。
つられて、自然と頬が緩む。
「…しゃあないなぁ」


俺は、大好きな後輩の笑顔にいつも弱い。
次の章へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ