鬼滅小説
□肆
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攻撃をよけて、よけて、ひたすらよけて。隙を逃がさず、一気に攻める。
「……降参」
こちらの足先が首元に突きつけられ、背中は木のせいで逃れられず。両手を少し上げた錆兎の口から、負けを認める言葉が出た。
「すごい……! 錆兎を負かすなんて……っ十羽は体術の天才だな!」
「え? や、そんな天才って」
「おい義勇。そんな褒めるなよ。調子に乗るだろうが」
「負けたくせになにを言っているんだ」
「はっ。お前こそ俺に連敗してるくせに」
「っこないだ一本取っただろ!」
「いつの話してるんだ。取れるものなら取ってみろ、今すぐに」
「ちょ、待てってば。なんでお前らがケンカするんだよ……」
なんて理不尽な光景だろうか。
畑で鍬や鎌を振るっていた自分がなぜ二人と共にいるのかというと、もちろん師匠である鱗滝さんの指示によるものだった。
どうやら、地道な修行を重ねていくうちに、元々持っていた俺の能力に変化があったようだ。それは、人だけでなく物、あるいは事象に対しても、その過去を視ることができるようになってきたようなのだ。錆兎のケガ――結局大きな傷が残ってしまった――のことが分かったのは、そのためだろう。
ともすれば、もっと鍛えれば、完全に制御することもできるようになるかもしれない。初対面の人と不意に目を合わせてしまっても、その過去が視えてしまうなんてことがなくなるかもしれない。それが可能になれば、この能力を役に立てる場がより増える……かもしれない。
推察ばかりでなんだか頼りないが、それはつまり可能性ということであって。決して悪い話ではない。
そんなこんなで、二人と競いあって修行する時間が増えたのだが。この二人はいつもこんな調子なのだろうか。
「十羽、体術で勝ったくらいで調子に乗るなよ。本業は刀なんだからな」
「分かってるって。あ、俺ちょっと水汲んでくる」
三人分の空になった水筒を持って、その場を離れる。理不尽だが、原因となった自分が離れれば少しは落ち着くのではないかと思ったからだ。
川辺にしゃがみ、絶えず流れてくる清涼な水に一度手で触れ、一本ずつ竹の水筒に満たしていく。
「……へへ」
つい笑みがこぼれた。
相変わらずあまり目を合わせようとしない義勇に、先程のように褒めてもらえたのが嬉しかったからだ。嫌われているわけではないというのが分かっただけでも、よかった。
もっと歩み寄れればいいのだが、そればかりは義勇の気持ち次第なところが大きいから、難しいところだ。
水筒に水を入れ終わり、二人のところまで戻った。声をかけようとしたが、突然錆兎が義勇の頬を叩いたのを目撃し、俺は固まった。
え、え? なに。まさか悪化した? 俺がいなくなったせいで険悪な空気がさらに悪くなったとか!?