鬼滅小説
□閑話その三
2ページ/2ページ
***
錆兎や義勇、それに鱗滝さんに内緒で姉弟子の真菰に教わるようになって、数日。
「鱗滝さんに会っていかないのか?」
いつものように畑作業に取り組んでいたところに、真菰がひょっこり姿を見せて会話をする。彼女と会うのは、いつもこんな感じだった。
いつの間にか現れて、帰るときもいつの間にかいなくなっている。不思議な少女だった。
ここに来たのは、てっきり師匠の鱗滝さんに会いにきたからだと思っていたが、そんな場面は一度も見たことがない。
尋ねてみるけれど、真菰はなにも応えずに微笑んでいるだけだった。
「……そうだ。今日、おはぎでも作ろうかって話してたんだ。お彼岸だから」
「そう……楽しそうだね」
真菰がそう答えた。
そのときの笑顔がどこか寂しそうに見えて、一緒に食べよう、と誘うつもりだったのに、なぜか言葉が出てこなかった。
その理由は、その日のうちに知ることとなる。
昼休憩の後に、真菰に言ったとおりおはぎ作りにとりかかった。甘い餡子がたっぷりついたおはぎは、稽古でくたくたになって帰ってくるだろう錆兎や義勇にとっては、うってつけのごちそうだろう。
「鱗滝さーん……あっ」
師匠に味を見てもらおうと、一番いい出来のそれをさらに乗せて外に出て探しにいった。鱗滝さんは、小屋の裏にある墓石のような石の前に立っていた。
うむ……声をかけていいものか。
「どうした」
「あっ……はい。あの、おはぎが……っ!」
おはぎができました、という言葉は、途中で遮られた。
それは、墓石の脇に刻まれている名前を見たせいだった。十人ほどの名前が刻まれているのだが、その中の一つを見て、驚きを隠せなかった。
真菰。
今朝も会った、あの少女と同じ名前だ。俺の体術の改善点を色々教えてくれた、あの可愛らしい笑顔の女の子と。
「これは……」
「……わしの弟子だった子供たちの名だ」
鱗滝さんが落ち着いた声で教えてくれた。
弟子『だった』。過去形ということは、すなわち。
俺は、言葉を失った。なぜ、もっと早く気づかなかったのだろう。真菰と初めて会ったとき、目を合わせても彼女の記憶が視えてしまうことは一度もなかった。その違和感に。
真菰。君はもう、この世の人ではなかったんだな。ちょっと驚いたけど、でも、会えて嬉しかったよ。
「これ……一番いい出来のやつなんです。お供えしてもいいですか?」
「……ああ。そうしてやってくれんか」
許可をもらってから、しゃがんでお皿に乗ったおはぎを供える。目を閉じて、そっと手を合わせた。
色々教えてくれてありがとう。これからも頑張るから、よければ見守ってくれな。俺だけじゃなくて、錆兎や義勇、それから鱗滝さんのことも。
心の中で祈った直後、一筋の風が吹いた。目を開けて空を見上げた瞬間、「ありがとう」と可愛らしい声が聞こえたような気がした。
閑話その三 了