鬼滅小説
□拾壱
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外出許可という名の休暇は三日分もらっていたので、ゆっくりするつもりだったがすぐに帰ることにした。
「もう帰っちゃうのか……」
たった一日、否、一晩交流しただけの俺を、稽古にいく前の炭治郎は至極残念そうに見送ってくれた。
六人兄妹の長男とはいえ、まだ十四歳。四つしか年の差はないけれど、妙に庇護欲がかきたてられる。俺自身は末っ子だったために、弟や妹という下の存在に憧れを抱いていたことがあったせいだろうか。
「今日は錆兎も任務でいないし……せめて十羽には残ってほしかったなぁ」
「阿呆。誰かそばにいないと稽古できないのか? そんなんだから、錆兎に弱い弱いって言われるんだよ」
図星を突かれて、ぐ、とうなる炭治郎の頭に手を置き、少し乱雑になでまわした。
「一人になって、初めて見えてくるもんもある。一分一秒を大事に生きろ」
「うん。分かった……十羽って、なんだか本当の兄さんみたいだな」
「おう。いいぞ」
「えっ?」
「お前が望むなら、なってやるよ。炭治郎。今日から俺のことは十羽兄さんと呼べ」
自分の胸に立てた親指を突き立てて、唖然とする炭治郎に言ってみせた。
もし拒否されたら、泣いてやる。そう思っていたが、意外にも炭治郎は喜んでくれた。さっそく、十羽兄さん! と言って飛びついてきた。弟ができたぞ。嬉しい。
炭治郎の頭をもう一度わしゃわしゃとなでまわして。鱗滝さんにもきちんと挨拶をして、名残惜しいが狭霧山をあとにした。
***
はやる気持ちをこらえつつ、蝶屋敷へと駆け戻った。
「しのぶ様っ」
息を切らせながら、屋敷の奥の座敷に入る。そこには、しのぶ様と、布団の上に寝ている一人の人物。
ただ寝ているのではなかった。すでに、顔には白い布がかけられていた。
布団の傍らに正座していたしのぶ様は、こちらに気づいて振り返る。そして、寝ている人物の顔の布をとってみせてくれた。
血の気のない、白い顔。どこも欠損した様子はなく、今にもふっと目を開けて起きだしそうだった。
三日ももらった休暇をとりやめて戻ってきた理由。それは、ある知らせが入ったからだ。
それは、我らが主、花柱・胡蝶カナエ様の訃報だった。
「今にも、起きてきそうな感じがするでしょう?」
「……ちょうど、そう思っていました」
しのぶ様の声は、穏やかな、しかし悲しみを必死に押し殺した声だった。
カナエ様が頭につけていた蝶の髪飾りを膝の上に置き、俯く彼女は、今なにを考えているのだろうか。