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□自分に勝て
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「なめた口きいてんじゃねーぞヘタクソな素人が」
「優秀な後輩を妬んで嫌がらせをしようとした人に言われる筋合いはないっスね」
蒼葉先輩が怒りに顔を歪ませ、俺の胸倉をつかんできた。
「お前といい赤葦といい……っムカつくんだよ! 監督に目ぇかけられてるからって調子に乗りやがって!」
「それが本音っスか」
「ああそうだよ! 赤葦なんて論外だよ! Sの立場利用して木兎にすり寄って! どうせ気に入られたらスタメンに推薦してもらえるかもとか考えてんだろ! あんな卑怯者に、スタメンの座奪われてたまるか!!」
蒼葉先輩はつかんだ胸倉を乱暴に引き寄せてから、背後のドアに向かって押した。だが、込められた力は弱かったので、俺の体は少し揺れただけだった。
「こっちはなぁ! 必死に歯ぁ食いしばって、毎日毎日やってきたんだよ! 1年のとき、やっとベンチ入りできたことを控えになれたくらいで喜びやがってとか言って馬鹿にしやがったクソ上級生に、ざまぁみろって言えるくらいになってやろうって、必死になってやってきたんだよ! お前に俺のなにが――」
「知らねぇよあんたの気持ちなんて」
蒼葉先輩の言葉を強めの言葉で遮ってから、彼が怯んでいる隙に続けて言った。
「蒼葉先輩。控えって補欠ともいうじゃないスか。どういう字、書くか知ってます?」
「お前……! どんだけ俺を――」
「ご存じのとおり、補うに欠けると書きます。ちゃんと言うと、欠けたところを補う」
「だからなんだよ!?」
「これはただの俺の考えなんで。また先輩をイライラさせるかもしれないんスけど、聞いてください」
そう前置きをして一礼すると、蒼葉先輩は少しだけ落ち着きを取り戻したようで、「……んだよ」とだけ言った。
「バレーって、6人でプレーするじゃないスか。でもそれって、6人だけいればいいってことじゃなくて、「最低6人は必要」ってことなんじゃないスか? だって、プレー中にアクシデントとか、なんか調子悪いとかってよくあるっスよね。補欠って、つまりそういうことなんスよ。スタメンとか控えとか、それは単なる役割ってだけで、選手としてのランクなんかじゃない。どっちも同じ、チームにとって必要不可欠な存在なんスよ」
蒼葉先輩は目を見開かせて、気まずそうに俺からそらした。
「俺は、不器用すぎて迷惑ばっかかけてたせいで人から避けられたんで、チーム戦のことは不慣れでよく分からない部分もあるっス。けど、先輩がベンチ入りできて嬉しいって思ったときの気持ちは、誰になに言われても大事にしてよかったんじゃないかと思うっス」
言い終わってからも、俺はじっと蒼葉先輩を見続けた。先輩は、なにか言いたそうに口を開いては噤んでという仕草を何度か繰り返してから、諦めたように力を抜いた。
「……みんなに……このこと、言うのか」
「なんのことっスか」
「だから俺が……っ赤葦に嫌がらせをしようとしたことだよ」
「はぁ。なんのことだか俺にはさっぱり分からないんスけど」
俺は先輩の横を通って、床に落ちた京治のエナメルバッグを彼のロッカーに元どおり戻した。