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□自分に勝て
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入部から1ヶ月がたとうとしていた頃、監督からある特別な話があった。
「GWには例年どおり合宿を行なう。今回は新人戦のつもりで1年も積極的に出していくつもりだ。特に、赤葦」
急に指名され、京治は表情こそ崩さなかったが、一瞬だけびくりと体を震わせた。
「お前には、うちの新しい司令塔になれるよう経験を積んでいってもらいたい」
「はい。努力します」
珍しく緊張した面持ちで、京治が返事をした。その後も監督から合宿についての説明が続いたが、返事をしたときの姿勢のまま固まってしまったように見えた京治が気になって、あまり頭に入ってこなかった。
昼休みに、京治を誘って先日と同じ北校舎の非常階段に陣取った。
「大丈夫か?」
「……なにが」
「お前に決まってんじゃん。なんか死にそうな顔してるけど」
「そんな顔はしていない」
上の段に座った京治は、購買で買った焼きそばパンを開けたままの状態で固まっていた。しっかり否定はするものの、どこか上の空のままパンにかじりついた。
「名指しされたのがショッキングだった?」
「……まあ、少しは」
「新しい司令塔ってねぇ。他にもSいるのにな。蒼葉先輩だっけ?」
「あの人は3年だから、来年以降のことを考えて育成しておきたいってことだと思うけど」
「そーゆーことか……あれ、そういえばアレだな。光太郎さん、蒼葉先輩のことは誘わないんだな。自主練」
「一度付き合ってもらったことがあるけど、途中でキレられて拒否られるようになっちゃったって木兎さんが言ってた」
「ほーん……」
あの蒼葉先輩なら、そういう態度をとりかねないと思った。あのとき、監督から合宿の話があった直後から、彼はものすごい顔で――おそらく無自覚だろう――京治を睨んでいた。名指しされた衝撃でその悪意を向けられた当人はまったく気づいていなかった様子だが。
その日の放課後は、またしても鬼のような量の基礎練習が課せられた。
「すいません、絆創膏ください」
「え? またケガした?」
「はい。手ぇついたら皮むけました」
シャトルランの後、止まったときに勢いあまって手をついたときに皮がむけてしまったので、マネージャーに駆け寄った。ポニーテールにそばかすが特徴の2年の雀田さんに患部を見せると、彼女は顔をしかめて「うげっ」と奇妙な声を上げた。
「どうしたらこんなになるのよ?」
「止まって手をついたらこうなりました」
「だから加減ってもんを覚えなさいよ」
雀田さんは、ずる剥けになってじわりと血が滲んでいる患部にティッシュを当てて止血したのを見計らい、大判の真四角の絆創膏を貼ってくれた。「今日は一度もケガしませんでしたって報告してみせてよ」という言葉ももらいながら。それは確かに、できるものならしたいものだ。