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□凶器、それとも狂気?
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「俺が手本を見せてやるから、よく見とけよ!」
光太郎さんはそう言って俺の肩に手を置き、ボールを手にして流れるような動作でサーブをした。高くトスを上げ、数歩助走してからジャンプして空中でボールを捉えて打つ。
「こんなカンジだ! どうだ、できそうか?」
「俺にはまだ早すぎる感がハンパないっス」
「そうか? いやでも、せっかくだし1回やってみ!」
光太郎さんは細かい動作をレクチャーしてくれたのだが、「こう、バッと上げてちょっと助走つけてビャって跳んでバシって打つんだよ」という感じで、擬音語ばかりでちっとも参考にならなかった。やり方は一応本で勉強はしていて頭には入っているからそこは問題ない。あとは、空振りせずに打てるかどうか、否、ちゃんとまっすぐ打てるか、そこだけだ。
「無様な姿をお見せすることになるだろうと思われるので、先に謝っとくっス。すみま――」
「それは違うぞ」
きちんと頭を下げて謝ろうとしたのを、光太郎さんが俺の頭をつかんで阻止してきた。
「失敗すると思ってやるんじゃなくて、ぜってー成功させるって思ってやるんだよ」
そのときの光太郎さんは、普段の能天気さは影を潜め、自信に満ちた堂々とした佇まいをしていた。決してプレッシャーをかけているわけではない。この場にいる全員―—俺自身さえも含んでいる――が失敗すると確信している中で、唯一人彼だけは、成功すると信じてくれている。
なんだか胸に熱いものを感じ、俺は力強く頷いた。それを見た光太郎さんは満面の笑みを浮かべて、他の部員たちと同じように後ろに下がった。
俺はボールを両手で持ち、数回深呼吸をした。そして、トスを上げてそのボールから目を離さないように助走をつけて跳ぶ。少しバランスを崩しかけたが、手を振り上げてボールを打った。
辺りが沈黙に包まれた。
全員が、ボールが飛んでいった方向を見て絶句した。ボールの軌道は大きく外れ、ネットの右側のポールに当たり、くの字に曲げてめりこんでいた。
「自重します」
「当たり前だ!!」
上級生たちが般若のような顔で声をそろえて言った。
結果、焚きつけた光太郎さんは小一時間正座させられるという罰を受け、俺は無期限での
「ジャンプサーブ禁止令」を言い渡された。退部勧告をされずに済んでよかったとしか言いようがない。
翌朝、妙に目が冴えてしまい、家を早めに出た。学校についたのは部活開始の1時間半前だったが、部室はすでに開いていた。
「おはようござ……あ、なんだ京治か」
「おはよう凪都。ずいぶん早いな」
「お前が言うか」
ドアを開けながら挨拶すると、中にいたのは京治だった。すでに練習着に着替えていて、シューズの靴ひもを結びなおしているところだった。
俺も荷物をロッカーにしまって着替えはじめると、背後のベンチに座っている奴からの視線を感じ、振り返った。
「なに?」
「一応聞くけど、その手は?」
京治は包帯が巻かれている俺の右手を指して聞いた。
「折れてた」
「見学にしときな」
「…………」
「そんな『スペぴよ』みたいな顔してもダメ」
「よく分かったな」
口をすぼめておちょぼ口をして抗議を示したが、あえなく却下された。
昨日のジャンプサーブ事件の後、手が痛くてたまらなかったので整形外科にいくと、やはりというべきか、手の平の一部の骨が折れていることが判明した。救いだったのは、ちょうど明日からテスト期間に入るので、ケガの有無に関わらず一週間部活ができなくなることだった。