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□凶器、それとも狂気?
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「まあ不幸中の幸いってやつだなー。ラッキーだったよ」

「そうだな」



包帯を巻いた右手を見ながら言うと、京治は無表情で感情のこもっていない返事をした。

それから、2人で体育館に行ってネット張りなどの準備をしてからストレッチ――俺は見学なので京治の手伝い――をしていると、他の部員もちらほら登校してきた。その中の3年生の先輩から、「お、昨日のアレじゃん」などと不思議な言葉をかけられたが、例の変なあだ名シリーズの一つかと思い至り、無難に挨拶だけ返しておいた。

その日の昼休み、いつもの北校舎の非常階段には、肌寒いほどに風が吹きつけていた。



「そろそろ別んとこ探した方がいいよな」

「確かに……うちの教室は嫌?」

「6組? 騒がしくない?」

「うるさい奴はほとんど食堂に行っちゃうから、ここほどじゃないけど割と静かだよ」

「じゃあそうすっか。明日から」



京治が上段の方に座り、俺は真ん中あたりの段に腰を落ち着けた。まずは購買で仕入れたカツサンドの袋を開け、一口かじってから一緒に持ってきた日本史の教科書を開いた。今回のテストは範囲が割と広いので、暗記物はこういう空き時間にしておかないと絶対的に間に合わない。



「あのさ」

「んー?」

「こないだ、蒼葉さんに呼び出されたんだけど」



思わずカツサンドを教科書の上に落としそうになりながら、京治の方を振り返った。



「蒼葉先輩に? なんで?」

「なんか謝られた。嫌がらせしようとしたことがあるって」

「……ふーん」



京治は相変わらず無表情だったので、なにを思ってそんな話をしたのかさっぱり分からなかった。ただ、それが本当なら、蒼葉先輩が京治を副将に指名したことは、新たな嫌がらせなどではないと確定したと言っても過言ではない。



「こうも言ってたよ。まさか1年に説教されるとは思わなかったから、しばらく悔しくてたまらなかったって」

「……別に説教したつもりはねぇんだけどなー」



ぼそりと呟くと、京治はしばらく沈黙した。



「認めるんだ?」

「俺の仕業だって知ってたからそんな話したんだろ?」

「半信半疑だったけどな。蒼葉さんはお前の名前は一度も口にしなかった」

「あらそうなのー。けど、お前相手にはぐらかすなんて無理だし」



京治がくくっと堪えるような笑い声をもらした。



「なんて説教したんだ?」

「だから説教はしてねぇって」

「分かった、言い方変える。蒼葉さんになんて言って嫌がらせをやめさせたんだ?」



京治に聞かれて、カツサンドの最後のかけらを頬張って、咀嚼しながら真上を見ながら記憶をたどった。



「存分に満たされてくださいって」

「え?」

「悪いことをしたくなるのは満たされてない証拠だから。だったらバレーで満たされればいいんじゃないっスかって言ったのは覚えてる。あとは忘れた」

「……そうか」



京治は満足そうに微笑んでいた。

懸念していた事項が意外にも早く解決したので、これで心おきなく勉強に集中できそうだ。





続く
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