呪術小説
□真っ赤な嘘に縋りつく
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朝は苦手だ。
慢性的な貧血を患っているせいか、ベッドから起き上がるのがつらい。そうして、なんとかして起き上がって顔を洗いにいくのだが、冷水しか出ない蛇口を前に再び億劫になる。
それに加え、
「…………」
例の鎌鼬現象が起ころうものなら、テンションはマイナスを振り切る。ちなみに、今日は左頬だった。
「どうした?」
誰もいないはずの洗面所に、人の声。ホラーか。
否。下がりきったテンションのせいで思考が停止していたため、誰かが入ってきたのに気づかなかっただけだ。
そこにいたのは、スウェット姿の伏黒で、眉間に皺を寄せて自分の頬を指さした。
伏黒は、俺がケガをしても悠仁のように1人で騒いで詰め寄ってはこない。しかし、目玉抉り出し事件の現場にいたせいか、多少なりとも気にしてくれている様子だ。
「……さぁ。どっかにガラスの破片かなんかがついてたのかも」
「……気をつけろよ」
「うん……ありがと」
伏黒は鏡の前にあったティッシュを箱ごと差し出してきた。3枚ほど抜き取って、頬の傷に当てて止血する。
「絆創膏、あるか? それとも硝子さん……は、まだ起きてねぇか」
「部屋にあるから大丈夫」
そうか、と伏黒が納得してくれたところで、ティッシュを押さえたまま部屋に戻った。そして、後ろ手でドアを閉めて、背中をつけて考える。
なんで俺、ウソついたんだろう。
呪いの影響で、1日1回鎌鼬現象に見舞われる。それを知っているのは、悟さんと家入先生と…….否、その2人だけだ。
俺が被呪者ということは、高専関係者ではほとんどの人が知っているだろう。しかし、それがどんな呪いでどんな影響があるのかという具体的な部分まで知っているのは、悟さんしかいない。俺が認知している限りでは。
悠仁や伏黒、釘崎たちにとって、俺は『よくケガをするドジっ子』といったところなのかもしれない。それならそれで構わないし、自分から言って色々口うるさく詮索されるのも面倒だ。そうだ。別に本当のことを話す必要なんかない。今までどおり、てきとうに受け流していればいいのだ。
頬の傷を押さえていたティッシュが乾いて張りつく前に、周囲についた血をウェットティッシュで拭う。大判の四角い絆創膏を貼って、手当ては終了。朝食をとるため、食堂へと向かった。
***
案の定、先に朝食をもりもり食べていた悠仁に問い詰められたが、伏黒への答えと同じようなことを言ってごまかした。釘崎からはプルーンを渡された。
「相変わらず下手だねぇ」
朝食を乗り切り、図書室にこもる前に一度部屋に戻ってみると、ベッドに悟さんが寝転んでいて、俺が借りた本を退屈そうに読んでいた。
ドアには鍵をかけておいたはずなのに、とか、忙しいくせになにをしているのか、とか。そんな疑問が浮かびはしたが、一瞬に霧散する。