文スト小説
□十七
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「綾辻先生っ!」
辻村が拘束をがむしゃらにふりほどき、綾辻が落ちていった場所に駆け寄った。真下を見つめる。そしてすぐに、膝から崩れ落ちた。
あ、泣いているのか? 滅多に見られないと思っていた泣き顔を見るチャンスが今ここに。というか、いい加減放してくれ。
「もういい。放してあげなさい」
頭上で坂口の声がした。その命令は、こちらを拘束していた隊員へ向けられたものだった。拘束がとかれると、すぐに身を起こした。周囲を見回すも、そこには京極の姿はなかった。また消えたらしい。便利なものだ。
見上げた先には、坂口の無感情の目があった。なにも考えず、見つめ返した。
「こんなの変です」
滝壺を呆然と見つめていた辻村が、振り返って呟いた。
「辻村くん?」
「おかしい。なにかがおかしいんです。坂口先輩、よく考えてみて下さい。どうして京極はこの作戦を成立させられたんでしょう? 京極は3ヶ月前にあらゆる準備を整え、それで死にました。でも、それだけでは説明がつかないことがあります」
辻村が流暢に話しだした。急にどうした。
ミステリアスな女(笑)、本領発揮とでもいうのか?
「久保は自分が逃げきれるつもりでいました。でも死んだ。久保が箱に入って船に乗り込む日時と、ポートマフィアの取引日時、それとはね橋が自動開閉する時間。この3つをそろえなくては、綾辻先生を陥れる罠は完成しません」
なにがどういうことなのだろう。
こちらは、久保が死んだことは知っているけれど、具体的な状況についてはほとんど聞かされていない。ポートマフィアとか、懐かしい言葉が聞こえたけど、まぁそれはともかく。
「……久保は、ポートマフィアが取引に使う物が入ってたもんと同じ箱に入り、それで逃げようとした、ということですか?」
坂口が、しぶしぶといった感じで頷く。解せぬ。
「では、京極がその3つの条件をそろうように仕組んでた……のは無理か」
いくら京極でも、ポートマフィアの取引まで思うように操るのは、難しい気がする。ポートマフィア内に奴の使い魔がいれば、話は別だが。
「実行犯がいるんです、坂口先輩」
辻村は立ち上がり、口元に手を当てて考えをめぐらせている様子の坂口を見た。
「京極の手先が、すぐ近くにいるんです。井戸のメンテナンス、噂の拡散。その人物は捜査状況を逐一知ることができたために、我々の行動を先読みして計画を修正したんです。京極亡き後、奴の計画……『式』を引き継いで」
「それって……京極の使い魔、ってやつっスか?」
辻村が頷いた。直後、
「それ以上は言うな」
再び銃声。反射的に飛びのく。
「かはっ……!」
辻村が前のめりに倒れる。当たってしまったようだ。
倒れそうになった彼女の体を、背後にいた人物が首に腕を回して止めた。
「坂口さん。銃を捨ててくれ。無駄な殺しはしたくない」