文スト小説
□十九
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横浜で、とある人たちに世話になった後、東京に出た。そこなら、自分のような貧しい経歴の者でも仕事にありつけるかもしれない、と考えたからだ。
案の定、仕事はすぐに見つかった。しかし、問題が起きたり起こしたり、また雇われた先が閉店するなどして、なかなか定職にはつけなかった。食事処、コンビニ、引っ越し業者、古書店。その他諸々を転々とした。
ようやく腰を落ち着けられるようになったのは、清掃を中心に請け負っている便利屋ともとれる会社に採用されてからだった。
まぁ、そこも3年ももたなかったけれど。以前は雇われて数ヶ月、否、数週間で辞め、また雇われて……という負のスパイラルが起こっていたので、現時点では最高記録といえる。
忘れもしない、その仕事を続けて1年半の月日が経った頃。
依頼により、事故で亡くなった人の部屋を片付ける仕事を割り当てられた。部屋に入って、リビングの棚に飾られた写真を見たとき。比喩的な意味ではなく、本当に物理的な意味で、体を電流が走った。
両親。
勝手に産み落としておきながら、面倒になったので施設に入れてしまおうと画策し、とうとうあの日実行に移した極悪人共。
幸せになれる、という言葉を聞いた瞬間、悲しみが沸騰して怒りに変わった。その感覚を、一瞬で思い出したのだ。
仕事が終わってすぐに、警察に連絡をとった。なにがなんでも、自分が殺すつもりだった人物たちがどうやって死んだのかを知りたかった。
しかし、やはりというべきか、無関係の者に事件の詳細を知らせるわけにはいかない、と門前払いされてしまった。考えた末に、今度は探偵事務所に片っ端から連絡をとった。
何十件と連絡をとった結果、依頼を快諾してくれたのは奇しくも生まれ故郷の横浜にある探偵社だった。自分とさほど年が変わらない社員もいる、こぢんまりとした会社だった。
再出発のつもりで離れた場所へ、1年半という短期間のうちに戻るのはさすがに気が引けた。しかし、他に宛てはなかった。
そして。
調査員から聞いた話は、自分の予想をはるかに超えた内容だった。
「この人物は、先月まで軍警の警視総監を務めていた勅使河原守という人物だ。彼の甥、勅使河原誠も警察官だったが、1年前にある事件で亡くなっている」
表紙にでかでかと『理想』と書かれた手帳を広げたその探偵は、皺が多く老成した男の顔写真を見せてきた。肩までしか写っていないその写真でも、偉い人物を象徴する勲章をいくつかつけているのを確認できた。
「その事件とは?」
「君が探している知人の2人が起こした事件だ。こちらの女性は……勅使河原誠に、強姦されたそうだ」
両親のことは、『亡くなった両親が以前懇意にしていた知り合い』と告げてある。戸籍上の関係はとうの昔になくなっているので、怪しまれることはあっても暴かれる恐れは低いと考えた。
嘘だろうと本当だろうと、あの2人を『両親』などと呼びたくはなかった。
まぁ、それはどうでもいい。2人が起こした事件の話に戻ろう。
あらましは、こうだ。
女は、ひょんなことで警視総監の甥、勅使河原誠に目をつけられた。突発的、あるいは衝動的な犯行だったのか、勅使河原は彼女を襲った。
仕事で帰宅する夫。様子のおかしい妻を問い詰めると、事実を泣きながら告げられる。怒った夫は、警察に猛然と被害を訴える。
しかし、その訴えが表面化することはなかった。なぜなら、加害者が警視総監の甥だったからだ。
どこの世界にでもありがちな展開だ。自分の甥っ子がそんな事件を起こしたと知った伯父は、迷わず事件を握りつぶす道を選択してしまった。
そうなると、浮かばれないのは被害者だ。泣き寝入りするしかない現実に、2人は怒り、絶望する。
否、彼らが絶望したのは、それだけが原因ではなかった。
よくもチクったな、と。加害者の勅使河原誠が、再度襲撃してきたのだ。そして、事件は起こる。