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□she is fine
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「自分でもびっくりするくらい、どうでも良くなっちゃって。この人がちゃんと分かってくれてるなら、それでいいやって」

○○○が「あの顔」をしている。ニックスは胸に鈍い痛みを覚える。

「コル将軍、さすが大人だな」

「かっこいいわね」

「ねー。そうやって将軍が落ち着いてるから、最近は下火になってきたよ。普段から直接関わってる人たちは、はなから信じてないし」

「ま、そりゃそうだ」

「ところで皆は最近どうなの?ドラットー将軍は元気?」

「あー、将軍はこの間……」







店を出ると十時を回っていた。電車で帰るクロウとリベルトを駅で見送り、○○○の家の方角へ二人で歩き出す。駅前は店も多く明るいが、少し離れると一気に静かになる。念のため、近所に住むニックスが彼女を家まで送るのが慣いになっていた。

「みんな変わってなくて良かった。次はペルナやルーチェにも会いたいな」

「伝えとくよ。あいつらも○○○のこと気にかけてるぜ。警護隊のエリートにいびられてるんじゃないかって」

もっとも、ルーチェはあの負けん気の強い女がいびられて黙ってる筈がないと鼻で笑っていたが。

「意外と……って言ったら変だけど、割と親切にしてもらえてるよ。移民の癖にって陰口叩いてる奴もいるけどね」

でも、と屈託のない声で○○○は続ける。

「納得してる人の方が多いと思う。将軍が私を認めてるから」

また、とニックスは思う。それから思い出す。○○○が異動を告げに来た日のことを。



「○○○、それマジ?」

「うん、コル将軍の側近だって。デスクワークもあるらしいんだけど、苦手なんだよねー。大丈夫かな」

「それ分かってて、なんで話を受けるんだよ。それに警護隊は王都出身者しか入れない。移民のお前が上手くやってけるのか?」

「それは私も考えたよ」

つと○○○は遠くを見るような目をした。

「だから、わざわざ王の剣から選ばなくても、そちらにも適任者はいるでしょうって聞いたの。でもね、俺はお前に来て欲しいって。私さ、初めて『私』を必要って言われた」

「……それは」

「あの人、誰でも良いわけじゃなくて、私だから選んでくれたみたいで、それが凄く」

○○○の顔は喜びに輝いていた。

「嬉しかったの」

使い捨てと揶揄される王の剣。もちろん個人の適性は見られるが、数を揃えることをより重視される。一人一人の人間性を見られることはない。
ニックスは「ニックス」でなく「移民」や「シフトの上手い隊員」でしかないということだ。それは、一個人として求められているとは言えない。
だけど彼女は選ばれたのだ。嫉妬と、羨望と、寂しさが、胸の中で混ざり合う。



○○○にあの表情をさせられるのはコル将軍だけだ。本当に嬉しそうな、認められる誇りに輝く「あの顔」。

「ニックス?」

だけどその中に、恋い慕う色が混じっていることに、自分自身で気づいているのだろうか。

「おーいニックス?ねえ、ニッキー?ニコラスー?」

「勝手に人の名前を変えんな」

悶々と考え込みすぎて、本人が隣にいるのを忘れていた。気がつくともう○○○のアパートの前だった。

「ずっと黙ってるんだもの。なんか悩んでるの?」

「あー、妹みたいだったお前が巣立っちゃって、置いてかれる兄の寂しさを噛み締めてた」

「何それー」

心配して損した、と笑いながらアパートの階段を上る彼女を、ニックスも笑って見送る。ドアの前で○○○が振り返った。

「巣立っても、会えなくなるわけじゃないよ」

「ああ。また飲み会来いよ」

「もちろん」

じゃあ、と手を挙げて、踵を返す。
十代の頃から一緒だった。家族を失くしたニックスにとって、彼女は妹のような存在だった。
でも、本当にそれだけだった?
あえてその先は考えず、帰り道を歩く。




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