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□she is fine
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いつもの店、いつもの面子、いつもの時間。
馴染みの飲み屋に、リベルトやクロウと共に、午後七時、ニックスはいた。

「○○○、もうすぐ来るって」

「腹減ったな。五分以内に来ないと先に始めちまうぞって脅しといてくれ」

「はいはい。って、リベルトが言ってますー、と」

素早く端末を操作してメッセージを送ったクロウは、いつもより楽しそうだ。

「○○○に会うの久しぶりね」

「そうだな」

○○○が警護隊へ異動して二ヶ月
、勤務の都合がつかず、なかなか会えずにいた。以前は毎日のように顔を合わせていたのに。

「ニックスはあいつと連絡とってるんだろ?」

「たまにな。読んでも読んでも書類が無くならないって愚痴ってた」

「あいつがじっと座って仕事をしてるところがまず想像つかないよな」

「流石にそれは失礼でしょ」

クロウはたしなめるが、リベルトの言うことも分からなくはない。十代の頃からの付き合いだから、その頃の賑やかで身軽な、小猿のようなイメージがなかなか拭いきれずにいる。

「書類のことで愚痴るぐらいなら良いけどよ。あっちで上手くやれてるのか」

何だかんだでリベルトは優しい。○○○のことが心配で仕方ないのだろう。それはニックスも同じ思いでいる。

「お待たせ!遅くなってごめんね!」

「○○○!良かった、間に合ったね」

「お疲れ、何飲む?」

「とりあえずビール!」

ニックスの正面、クロウの隣に座った○○○は、何だか大人びて見えた。襟が深めに開いたシャツと細身のタイトスカートという格好だからだろうか。運ばれてきたビールに満面の笑みを浮かべるところは変わっていない。

「みんな久しぶりー!乾杯ー!」

音を立ててグラスを合わせ、中身をあおる。疲れた身体に炭酸と苦味が沁みる。
で、と口火を切ったのはリベルトだった。

「側近の仕事はどうだ?」

「事務仕事が多いけど、まあ慣れてきたよ」

あ、そう言えばさ、と○○○が身を乗り出した。

「変な噂を立てられてるの。私がね、将軍を色仕掛けで落として異動にこぎ着けたって」

あまりの内容に喉をビールが逆流した。同じようにごふっという音が二人分、むせるのが聞こえる。

「あの堅物で有名なコル将軍を」

「○○○、お前が」

「色仕掛け!?」

「そう!あり得ないでしょ!?」

確かに異例の人事ではあった。ニックスも王の剣になって長いが、今まで聞いたことがない。それにしても、言うに事欠いて色仕掛けとは。

「噂ってそれ、誰が言ってるのよ。王の剣には流れてきてないけど」

「そうだな、俺も初めて聞いた」

むしろ、と続けそうになってニックスは口を噤む。タイミング良く運ばれてきたサラダを頬張った。味のついた豆が噛むたびに潰れる。
むしろ、王の剣では、上手く逃げたと言われている。上手く生き延びたよね、と。
もちろん王都警護隊とて治安の維持や野獣の討伐など、命がけの任務はある。それでも戦争の前線に駆り出される剣と比べれば生存率は高い。だから、○○○は上手く死なないで済む方へ行けたよね、という人間がいるのだ。
そんな理由で彼女は異動を承諾したわけではないのに。

「私も誰が言い出したかは知らないけど、警護隊の下の方が出どころみたい。ニックス、野菜ばっか食べてるの珍しいね。お肉きたよ」

○○○が串に刺さった鶏肉を寄越してくれる。無意識にひたすらサラダを口に運んでいたらしい。リベルトが豪快に肉を噛みちぎって笑った。

「噂ってのは恐ろしいな、よく考えたらあり得ないことが本当のことみたいに語られる。そのうち尾ひれがつくぞ」

クロウが悪戯っぽく目をぐるぐる回す。

「背びれもついちゃってね」

「それなら足も生えるな」

「そんで一人歩きするわよ」

「二人とも面白がらないでよ!真剣に困ってるんだよ!あーすいませんビールおかわり下さい!」

勝手なかけ合いをしてげらげら笑う二人に、噂の当人がテーブルを叩いて抗議する。しかし店員が通りかかった際にすかさずアルコールを注文しているから、真剣さは微塵も伝わらない。

「ビールを飲む余裕がある程度の真剣な困り具合なんだな」

「ニックスうるさい」

「将軍の耳には入ってるのか?」

「入ってるよ」

何て言ってたっけ、と○○○は視線を彷徨わせている。

自然に消えるのを待つしかない。ここで俺達が否定して回っても、噂をしている奴らを喜ばせるだけだ。何か言われても、気にも留めていない素振りをしておけ。そんな理由でお前を選んだわけではないことは、俺が知っている。

「そう言われたらさ」

○○○は晴れやかに笑う。
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