小説 長編集.3

□元カレ.A/*
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『剛、』

名前を呼ばれてハッとする。
受話口に耳を押し当てて男の声に相槌を返した。

『大丈夫?考え事?』
『ん、ぅ、…ちょっと、』
『ふふ、今日の剛はなんか、ご機嫌だね、』

仕事で何かあったの?
気を使う優しい声音。見えないのに首を振って一瞬罪悪感に浸る。毎日、この人と電話をしているけれど、この時間は一体なんの時間なのだろうか。

布団の中で声を聞くたび、冷静な剛が冷静に問いかける。

あの頃よりは幾ばくか、落ち着いた。情緒が分からなくなってどうにもならなかったあの時期。よく剛を誘い出してそばにいてくれたのはこの男だった。芸人の卵だったけれど、早々に見切りをつけて広告の代理店へと就職した。それから間もなく交際を申し込まれた。

戸惑いつつ受け入れて、今に至る。

この関係は一体なんなのだろうか?
ふ、となんでもない時に剛はよく考えた。どうでもいい、なんでもない話に花が咲いて。

『それでさー、会社の同僚がね、』

話す声に耳を傾けて、笑う声に一緒になって笑う。

幸せだけれど、ちょっと違う。
楽しいけれど、満たされていない。寂しさは見た目だけ綺麗に補正されて、その実内情は穴だらけだ。
まるで張りぼて。
ふ、と痛感してはいつもひっそり涙を零す。

『じゃ、また明日ね、』
「…うん、』

男の声に剛が頷いた。
電話を切ったあと、目を閉じる。

“ほな、明日な。”

珍しく、今日は別れ際光一が剛に片手を掲げた。え?目を見開いて、瞬きを数回。

“明日、ラジオ収録やろ?”

聞かれて、ハッと思い出す。
明日は二人の日か。…うん、ゆっくりと頷いて光一を見たら、もう一度“また、明日”と返ってきた。

年甲斐もなくわくわくして。知らず笑みが溢れた。だから、今日は調子が良かった。

明日は一緒の仕事。
目を閉じたまま枕を抱える。

今しがた話していた男の声は剛の脳裏を掠りもしなかった。


ーーーー


「剛、」

名前を呼ばれてハッとする。
顔を上げたら、嗜めるように光一が少しだけ腰を動かす。

思いがけずいいところを刺激されて、腰が跳ねた。光一がじっと、ぼくを見下ろす。

「ん、ぅ、」
「何、考えてんの?」
「ん、…ぁ、あ、ん、」

意地悪な腰の動き。
入り口だけをこちゅこちゅと苛めてくるから物足りなくてしがみ付く。

「ちが、…っ、しあわせ、だな、って、」
「ん?」
「光ちゃんの、腕の中、」

甘えた声で伝えたら光一が嬉しそうに口を歪ます。この間の抜けた嬉しそうな顔がぼくは好き。

好きだよ、って伝えたら嬉しそうに中で熱が膨らむ。摩擦されて粘膜が絡むたび燃えるように熱くなった。

熱くて蕩けそう。身体のどこかしこも。

繋がったところが嬉しそうに締め付ける。深く突き刺されるたび貪欲に求めて縋る。

「ん、…っふ、ぁ、ん…っ、あ、ぁ、」

好き。
何度も伝えた。その度、光一はもっと、ってねだってくる。
どれくらい好き?愛してる?って。
ぼくからの言葉を待って口付けをくれる。

「ふ、…っ、う、…つよし、上来て、」

光一の熱い息が耳にかかった。
それだけで背中がゾワゾワする。上体を起こしたあとずるりとペニスが抜けて。
それが寂しくて、涙が溢れた。

「ん、…っ、こうちゃ、」
「ふふ、上でさ、」

寝そべった光一がぼくの腕を撫でる。ゆっくりと跨って拡げた孔にペニスを埋めた。柔らかくほぐれたそこが、覚えた形に沿って吸い付く。

ん…っ、気持ちいい…。

何度も味わって、何度も愛し合ったこの感覚。小刻みに揺らして呑み込んでいく。ぼくの動きに合わせて光一も腰を突き上げる。

「あ、ん、あん…っ、あんっ、」

ももを掴んで、打ちつけられるたびにぶちゅっと音がして。繋がったまま掻き回してくる。目の前が弾けて白くなる。
気持ち良すぎて、どうしようもない。
嬉しい。幸せ。
多幸感で満たされる。

ぐちゃぐちゃにかき回されるたびお臍の下が熱く滾って煮えていく。

「ん、ぁ…っ、あぁ、ん…、すご、…っ、光ちゃんの、せ、いし…っ、」

たぷたぷで暴れ回ってる。  
気持ちいい…っ。手を伸ばしたら指を絡めて光一がまた浅く、深く突き上げる。
触れ合った奥の壁がじんわりと痺れて、頭の中が白く飛ぶ。

「剛、好きって言って、」
「ん、はぁん…っ、あ、ぁん…っ、あ、ん、」

手を握り合ってお互いの腰が揺れる。
ねだられるままに、好きと呟く。

もう一回。
光一が囁く。

「んぁ、…っ、あん、あ、ぁん…っ、す、き、すき…っ、」

大好き…っ。
泣きながら何度も伝える。

それでも足りないのか。もっと、もう一回、光一が繰り返す。

今日はきっと、
声が枯れるまで言わされる。

ーーーfinーーー


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