短編夢

□伝えるために
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「…じゃあ想いを伝えたい人がいるという話は、嘘だったのか?」

「んー?土井先生ったら、そんなにくのたまの色恋に興味あるんですか?」

「お、お前なぁ…」

「冗談ですよ、冗談!」

私がそう尋ねてみると早乙女は笑ってまたいつものようにふざける。
その会話に、私と早乙女は目を合わせて笑い合った。


いつもの早乙女、いつもの私。
早乙女の身を案じて心配した事や、今日ようやく気付いた想いは…伝えることなくそっと包み隠せばいい。

卒業まで、残り一月と半月ほどだが…
こうしていつも通り過ごすことが最善なのだろうと私は思った。


「…あ。後ね、土井先生」


「ん?なんだ?」










「私、明日もう忍術学園を卒業するんです」











「………は…?」





…言葉の意味がわからなかった。
いや、もしかしたら聞き間違いだったのかもしれない。


「ごめんなさい、土井先生にはずっと秘密にしてたの」

眉を寄せて肩を竦める姿を見ても尚、信じようとはしなかった。

「…どういうことだ…?
卒業まではまだ少しあるだろう、何かの間違いじゃ…」


突然知らされた出来事に戸惑いを隠せない。
絶対何か勘違いしているに違いない、そう思いたかった。


「″私だけ″明日卒業なんですよ」

「就職先のお城からの命令でね」と、早乙女は笑いながら立ち上がる。

「…前から決まっていたのか?」

「えーっと…まぁ二月ほど前からかな…」

話しながら早乙女は医務室の戸に手をかけて、そのまま医務室から出て行った。

「…早乙女…?」

声をかけてから私も後を追うように医務室から出ようとした。
…しかし、医務室の戸の傍に立つと
早乙女は一足早く草履を履いて中庭へと歩いていく。





「…だからね、土井先生」





背を向けたまま早乙女は俯き、じっと自分の手元を見ている様だった。
その様子を私はじっと見つめる。


夜風は冷たく、段々雲が引いていくとほんのりと月明かりが照らし始めた。




「…私、土井先生に伝えたかったんです…!」



そう言って勢いよく振り返ったかと思うと、
早乙女の手元にはどこからか取り出した花が握られており、それを私の方に向かって突き出した。


月明かりが早乙女自身とその花を照らし、
何故かそれが儚く見えた



「…これからどんな辛いことがあっても、この学園での出来事も…土井先生の事も……絶対に、忘れないから…!」



笑う早乙女の手元できらめいたものは
花に付いた夜露か、それとも…








「……土井先生、
今まで…ありがとうございました」









…頬を伝う、彼女のそれか…






















**月下美人
********はかない恋




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