短編夢
□交わらない平行線
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トントン
「……夜分に失礼」
「…あぁ、全くだ」
そーっと戸を開けると二人は目が合い
一人は笑い、一人は不快そうな顔をした
「あら、同室者は今日も鍛錬?」
「それ以外ないだろう」
「それは残念、今日も会えないなんてね」
そういう彼女の顔はいつもの様に薄らと笑みを浮かべており、本心から出た言葉でないことは明白だった。
「よくそんなことが言えたものだな
あいつがいない日を狙ってここへ来るくせに」
「さぁて、なんの事かしら」
とぼけた振りをしてそのまま後ろ手に戸を閉めると、女はそのまま誘われるかのように男の方へ近付いていく。
しかし、それは傍から見ればそう見えるだけであって…本当は逆の立場であることはこの場にいる二人しか知らない。
「仙蔵…今日も慰めてくれる?」
彼の前に膝をつき、そーっと輪郭を指先で撫でながら誘う姿は遊女宛ら
まだくのたまだというのにも関わらず、
くノ一としての色の術を熟知しているその仕草に仙蔵は目を閉じて見て見ぬ振りをした
「…早乙女、やめろ」
軽く肩を押し返すものの、そんな甘い反抗で引き下がるほど可愛らしい女ではなかった
「仙蔵ってばいつもそう…
何度も言うけどそんなことで私は引き下がらないこと、わかってるでしょ?
…だからこれ以上焦らさないで…」
そっと仙蔵の胸に手を当て、耳元に口を寄せ
″私を楽しませて″…と、彼女がそう言ってクスリと笑うと、息が微かに耳を掠めた。
…そしてそれと同時に仙蔵の中の理性がキリキリと徐々に限界を迎え始める。
「……いい加減にしろ」
「あっ…」
くるりと位置を変えて横に敷いてあった布団の上にドサッと押し倒されると、女は驚きつつも嬉しそうに少し笑う。
「いつまでこんな事を続けるつもりだ」
止めるなら今しかない、これ以上進んだらこのまま事に及ぶ事は否めない。
だからここで問いかけるのだ。
しかし、仙蔵が一人思考を巡らせる中で
早乙女本人はその最後の引き金をいとも簡単に引いてしまう。
「いいじゃない、仙蔵は男で私は女。
交じわう事にそれ以上の意味がいる?
私はあなたとこうして色に溺れる事が何よりも好き…そしてそれはあなたも同じでしょ?」
早乙女は、つぅ…と私の首筋を愛おしそうな瞳で撫で上げると、そのまま頬に手を伸ばして顔に両手を添えると自分の方へと引き寄せる。
「何も考えなくていいから
今はただ…一緒に溺れましょう?」
例え仙蔵であれ、思春期の男の理性などたかが知れており、こうして求められるとどうしようも出来なくなるのが男の末路。
自分の愚かさを実感してしまうと共に、
もう他のことなどどうでもいいとさえ思ってしまうくらいには仙蔵も既に溺れていた。
そして二人の唇は重なった。
角度を変えながら深く深く舌を絡ませ歯列をなぞり、互いに貪り合いながら徐々に服に手をかける。
服が少しはだけたところで手を止めて口を少し離すと早乙女はこちらを見上げ、私はそれを見下ろす。
「………後悔しても遅いからな」
彼女に言い聞かせるようにポツリと言うと
言葉で返すのではなくただ黙って見つめて私の首に手を回すことにより返事を返してきた。
これ以上の返事を求める必要は無い。
「……早乙女」
そう名前を囁いて、
私達は今夜も夜の中に沈んでいくのだ。
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