短編夢

□交わらない平行線
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事が終わり暫くして、私はさっと起き上がる。

見下ろすと私よりいくらか小さいその体を微かに動かし息を整わせているようだった。

「…気が済んだか」

そう…わざと冷たく言い放つ。

女というものは、甘い言葉を囁かれ、互いの愛を確かめ合うことに幸せを感じるという。
だからこそ…私は早乙女に対して絶対にそんなことを言ってやらない。
今までもそうだったかのように…今日も変わらず人一倍冷たく当たるのだ。


近くにあった脱がせた服を手に取りバサッとその体にかけてやってから彼女に背を向け、自分自身も服を取って裾に手を通す。

「お陰様で。楽しませてもらったわ」

嬉しそうな声で言う早乙女の顔は見ないようにした。

「…用が済んだなら帰れ、直に文次郎も帰ってくるだろう」

「はいはい…言われずとも帰りますよ」

ゆっくりと起き上がり、そのまま直ぐに服を着始めたようで衣擦れの音がする。

「……早乙女」

顔を横に向けて、横目で顔を見ようとした。

「…何?仙蔵」

しかし、優しい声で聞き返されたことによりそれはやめる。そしてそのまま目を閉じて、私はまた言葉を紡ぐ。

「いい加減自分の体を大切にしたらどうなんだ。
これではくノ一ではなく遊女と同じだ」

…普通の女ならばこんなことまで言われてどうも思わない筈もない。泣こうが相手の顔を引っぱたこうが、文句は言えないその言葉。

「…うん、そうね…
…いっその事遊女にでもなろうかしら」

しかし、この女は笑ってそう返すのだ。
全くもって理解ができない。辛辣な言葉を浴びせられていることに理解はしているが、まるでその事を何とも思わないかのような口振り。

その事に…私は内心思い悩んでいるなど…きっと早乙女本人は知りもしないのだろう。



″いい加減に気付け″


そう言って抱き締めて…、早乙女の胸の内に秘めている何かを共に分かち合えたらどれほど報われるだろうか。


「…よし、じゃあもう行くわね」

身支度を終えたのか、立ち上がって私の横を通り過ぎていく。

「もう来るなよ」

毎度お決まりのこの言葉も、一体いつになれば終わるのだろうか。

「えぇ、じゃあまた来るわね」

成り立たないこの会話も
あと何度交わせば気が済むのだろうか。


戸に手をかけてそのまま出て行くのかと思いきや、ふと何かを思い出したかのように早乙女は立ち止まり振り返る。

「…なんだ、忘れ物か?」

「…えぇ、忘れ物」

一体何を忘れたのかと思い、早乙女の方を向いてみると
彼女はまた″あの顔″で笑う。


「…いつもありがとう」


そして最後に「おやすみなさい」と付け加えると早乙女そのまま静かにその場を去って行った。







「…一体いつになればわかるんだ…!」


ドンッと大きな音を立てて机を叩いたのは
このやり場のない想いを込めた私の拳。

彼女のあの顔を見ると…私はらしくもないが、どうしようもなく不安になっていく。

早乙女が初めて私を求めてきた時の事。
何があったかは知らないが酷く切ない顔で笑いながら言ってきた。

ただ一言…″抱いてほしい″と。

理由を聞くのは野暮な事だと思った。
だからと言って安易に抱くのも気が引けたが、泣き方を忘れたかのようにも見えたその表情にどうしても放っておくことが出来なかった。



…前に一度聞いたことがある。

″私以外にもこうして夜這いしているのか?″

そう尋ねると彼女は素直に首を振り、

″今は仙蔵だけよ″

そう言って笑っていたのだ。


自分から聞いておいて、聞くんじゃなかったと後悔したのは言うまでもない。
彼女の言葉に含まれていた″過去″に…こんなにも嫉妬する自分に嫌気がさした。


そして何より…彼女を抱いて受け入れることしか出来ない自分自身が、不甲斐なく…情けなかった。



早乙女の心が満たされればそれでいい
そういう思いから始まったことなのに
私は未だに彼女の心を満たせない


事の最中にも言った″ありがとう″の
…その言葉に混じったあの表情が…
初めて交わったあの日から変わらないあの顔が

酷く…私の胸に突き刺さる





早乙女の出て行った戸の方を見ても彼女はもういない
残ったのは彼女が確かにここにいたという
ほんの少しの残り香のみ





















たとえ体を交わしても







私たちの心は

。。。。。。。。。。。。。交わらない





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