短編集【wrwrd 】

□まとめ@
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-同志はケーキ屋にて-

────あ、今日もいる。

日当たりの良い窓際の席に座る男性をちらりと見やる。綺麗に整えられた髪に、この世の万物を見通すかのような青く澄んだ瞳。眼鏡の似合う金髪碧眼のイケメンさん。

地元を離れて早一ヶ月。薔薇のような大学生活を夢見て都会に出てきたのだが、これといって変化はない。思ってたんと違う現象みたいなそんな感じ。人見知りの性格が邪魔してか恋人は無論、友人さえもゼロ。

正にそんな非リアコースへ疾走真っ只中に偶々見つけたこのケーキ屋で出会ったのが彼。窓際で優雅に紅茶を啜る姿はもう、童話の王子様のようだった。それからというもの、この店に足を運ぶようになった。彼の姿を見るたびに高まる鼓動。きっと、名前も知らない彼に私は一目惚れしてしまったのだろう。


パラリとページを捲る乾いた音。彼はいつも何かしら本を読んでいる。分厚いものから薄いものまで。でも一体、何の本を読んでいるのだろう。目を凝らして表紙を見てみると、

『哲学と法学の対話』

うわぁ、難しそう。題名からして、もうアウト。私じゃ到底理解できないや。

ただのイケメンではなく、教養のあるイケメンとは......神は二物を与えずって言うけど、あれは真っ赤な嘘だと今証明された。


すると、疲れたのか本から視線を外し目頭を押さえる彼。その時、何者かの視線を感知したかのようにこちらに顔を向けた。パチリと視線がぶつかった。


ヤバい!

読みもしない週刊雑誌で咄嗟に顔を隠す。ドクドクと破裂しそうな音を刻む胸の塊。

恐る恐る隙間から覗けば、何事も無かったかのように彼は再び本に目を落としていた。


どうしよう。
絶対、変な奴だと思われたに違いない。目と目が逢う瞬間〜とかなんとか。題名は知らないがそんなメロディが頭の中エンドレスループ。

よし、こんな時は気分転換だ。

奮発して買ったSOMYのヘッドホンを鞄から取り出し、耳につける。動画アプリを開き、真っ赤な背後画面にどこか共産味を連想させられる紋章のあるサムネイルをタップする。

これだよこれ!勇ましい軍歌に全神経が活発化していく感じ。たまらない!

そう、私は俗にいう軍歌オタク。流行りのバラードやポップスよりも断然軍歌。でもそんなことを周りに公言したらドン引きされる決まっているから、こうして、こっそりと楽しんでいるのだ。

それにしても音が小さい。こもっている感じがする。これじゃあ、せっかくの軍歌が台無しだ。高機能を掲げる、"世界のSOMY"と称されるのにどうしたことか。

本気を出すんだ!出すんだSOMY !
そんな、どこぞの少年漫画のような台詞をかけながら音量をMAXにする。
でも一向に音は小さいまま。おかしいな。何でこんなにも聞きづらいのだろう。故障かしら?新品なのになぁ。

確認しようとヘッドホンを取り外した時、とんでもないことに気がついてしまった。


長い長いプラグの先が何処にも繋がっていないことに。


周りを見渡せば、店員さんからお客さん。大人から子供まで皆、口をあんぐりと開け、こちらを凝視している。その中にあの人の姿もあった。いつものポーカーフェイスとは一変。唖然とした表情を浮かべている。

雄々しい軍歌だけが店内に響き渡る。いそいでアプリを閉じる。だが、その出来事を無かったことにするのは不可能だ。イクラのような沢山の視線と彼に特殊な趣味がバレてしまった恥ずかしさに、逃げるように店を出ようとする。すると、背後から店員さんの声が聞こえてきた。

「お客様!ご注文のモンブランパフェが......」
「ま、窓際の金髪碧眼イケメンさんに渡してください、私からのプレゼントです!」
「は、はあ......」

それだけを告げ、破るように扉を開けし店を後にした。



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