黎明の章
□〜風早〜
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■別れと出会いと想いと■
風早の
浦の沖辺に
霧たなびけり
――万葉集の一節。
俺は教科書の活字をゆびさきで何度もその文字をなぞった。
意味は
私を想って妻は嘆いてくれているらしい
風早の浦の沖に霧がたなびいているよ
「私の代わりにこの子を守って」
一の姫は私の腕の中で息も絶え絶えにそう命じた。
いやだった――この身もあなたと一緒にいたかった。
でも彼女の朱に染まった手は強く、また大声で泣きじゃくる幼い姫に切なげな視線をやる。
――私の代わりにこの子を愛して――
それは酷な願いだった。
俺はあなたが好きだった。
でも手に届かぬ存在だから、そばにいるだけでよかった、それで我慢できようものなのに、この別れは――身を切られ、心の臓を握られる――。
もう、逢えない――死が二人を別つ。
風早は対となる歌を読み、熱い涙があふれた。
君が行く 海辺の宿に
霧立たば 吾が立ち嘆く
息と知りませ
もし海に霧がかかっていたらそれは私があなたを想い悲しみ嘆いているため息が霧になったのだと思って…という言う意味…。
いま私の心にあなたの願いという霧がたちこめてる。
――いまも、愛しているという想いが――