PEACE MAKER

□お出かけ(私の場合)
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最近寒くなってきたが、それも朝晩のことで、日中は歩くのにちょうど良い天気だ。
いつもはお互いに忙しくてこんなにゆっくりと過ごすこともない。非番でも大抵烝は忙しそうに勉強しているのだ。やっぱり休みをもらって良かったなと思う。

「ねぇ、烝!ちょっと休憩しよう!」

そう言って私は土手に腰を下ろす。
烝も隣に並んで座ってくれたのでゴロンと仰向けに寝転がった。
しばらく気持ちの良い風が吹くのを感じていたが、ふと行きがけのことを思い出した。

「鉄君に申し訳なかったかなあ。」
「鉄之助?」
「鉄君も一緒に来たがってたのに、私薬買いに行くからって嘘ついたし…」

何となく罪悪感が無くもない。

「それやったら鉄之助も気にしてへんかった。むしろお前に謝らなって言うとったわ。」
「え?何で?」
「何でって今日は2人で…」

烝はもごもごと何かを言いかけたが話題を変えてきた。

「そういえばあの時鉄之助に何て言うたんや?」
「え?…あぁ、『お沙夜ちゃんと出かけてきたら?』って。」
「だからあんなに真っ赤やったんか…お前も意地悪やな。」
「えへへ。じゃあ鉄君にお土産買って帰ろう!」

その言葉に何かを思い出したようで、烝がこちらを見る。

「お土産といえば、沖田さんに大福頼まれとったわ。」
「そうなの?どこの?」
「…黒木屋?」

烝が紙切れを渡してくる。

「あー!ここの美味しいんだよ!買って帰ろう!」
「ええけど。」
「前に沖田さんと買いに行ったんだよ。えっと、3ヶ月前?かな。私が来たばかりの時。」
「その頃はまだ外出もしとったんやな。」

烝がポツリとつぶやいた。
そうなのだ、私が来たばかりの頃はまだ沖田さんも元気な日が多くて、よく私と2人で甘いものを買いに行っていた。
土方さんも烝も甘いものが苦手だから、いつも2人か、鉄君を連れて3人で出かけていた。

「うん…沖田さん、寝る時間多くなったよね。」

今朝のことを思い出す。
病にも関わらずあんなに明るく振舞っている。
ふと、斎藤さんの言葉を思い出す。
「たまには甘えてみたらいい」…烝は私の気持ち、聞いてくれるだろうか。

「みんな幸せでいて欲しいのに、難しいんだね。屯所にいたら、いつ、誰が死んじゃうかもしれないってそう思うとさ、辛いんだ…」

ポツリポツリと言葉を紡いでいく。
こんなことを言って烝にどう思われるんだろう。
毎日必死で命を救おうとしている烝に、誰かが死ぬかもしれないなんて、失礼なことを言ってはいないか。

私は静かに目を瞑った。甘えるとは、頼るとはこんなにも怖いことなのか。
もし受け入れてくれなければどうしよう。

烝が隣に寝転がると私の頭を抱き寄せた。
何も言わず、ただ黙って頭を撫でてくれている。
その行為に、言葉はなくても受け止めてもらえたことが分かって、私はしゃくり声をあげた。一度出始めた涙は止まらない。

怖い。怖い。
いつか沖田さんや、土方さんや、みんながいなくなってしまうのではないか。

朝起きた時に今日も皆無事に帰ってきますようにと祈らずにはいられない。

毎朝隣の烝の部屋を開ける時にドキドキする。
もしいなかったらどうしよう、帰ってきていなかったら…もう忍はやめたはずだけど、もしかしたら…

そうじゃなくても彼らにこの先待ち受ける未来が険しいものであることは想像がつくのに。

明日も笑って過ごせるのだろうか。

我慢していた分、なかなか涙は止まらなかった。


肩を優しく揺らされて目が覚めた。
いつの間にか眠っていたらしい。
風がひんやりとしている。
泣き疲れて寝てしまうなんて…
ヒリヒリする目元をこすって、烝を見た。

「寝ちゃってた…ごめんね?」

気まずさをごまかすように慌てて立ち上がる。
見れば夕日がだいぶ沈みかけている。

「もうこんな時間!早く帰らないと!大福も売り切れちゃう!」
「花。」

烝にじっと見つめられる。

「何?」

烝がゆっくりと一つ一つ言葉を選びながら話してくれた。

「お前が一緒に師匠のところから来てくれて良かったわ。」
「え?…それは、松本先生もそう言ってくれたんだし。」
「そばにお前がおってくれて良かった。」
「烝…?え、どうしたの?」

突然の言葉に戸惑っていると、烝が私の腰を抱き寄せ、左頬をそっと撫でる。
至近距離で見る烝の顔に恥ずかしくなって離れようと烝の胸に手を当てるも、より強い力で抱きしめられて身動きが取れなくなる。
右肩に烝の頭が乗る。小さな声で烝が呟いた。

「俺は絶対花の隣におるから。安心しぃ。」

私はビクッと体を震わせる。
烝は分かっているのだろうか。それがあり得なくて、でも切望している願いだと。

「無理だよ…絶対なんて嘘言わないで。」
「嘘やない。…たとえ死んでも、隣にいる。約束や。」

烝の腕にこもる力はますます強くなる。そっと小さな声で告げる言葉に嘘はないんだろう。
烝が言うなら、たとえ死んでも隣にいてくれるんだろう。

「死んでもって…それ、幽霊じゃん……」
「幽霊の俺はあかんか?」
「だって、幽霊…って……怖すぎ……」

烝が四六時中隣に張り付いている姿を想像して笑いがこみ上げてくる。
無表情な幽霊…怖すぎる。

「烝の幽霊とか絶対毎日お小言沢山で怖いんだから!」
「そうかもしれへんな。はよ起きて仕事せぇ。とか。」
「絶対言うでしょそれ!もうー嫌だなぁ!」

少しずつ気持ちが明るくなる。
ずっと一緒という言葉に安心する。

烝は私を1番の強さで抱きしめると衝撃の一言を放った。

「花、俺の嫁にならへんか?」

突然の言葉に完全に思考が停止してしまった。
どういうことだ…?

「えっと…その…す、すむ?」

やっとの思いで絞り出した声は言葉にならずにただパクパクと口を動かすだけになってしまった。

「ん?あかんか?」

烝がふっと笑った。
あまりにも珍しいものを見てしまい、私は再び固まる。
気づけば烝に顎を掴まれて上を向かされていた。
烝が私の額に顔をくっつけてくる。
近い、どころではない距離についに私の許容量は限界を突破してしまった。

「あの、か、帰ろうか!!!!」

やっとの思いで烝の手の中からもがき出ると一目散に土手の上に上がる。

びっくりした、びっくりした、びっくりした!

びっくりしすぎてさっきまでの不安はどこかに消えてしまった。
それどころか明日が少し楽しみになった。

ずっと一緒、それが夢に過ぎないことは理解できているけれど、それでも烝が言ってくれたことは嘘にはならないだろうから。


ありがとう。


心の中で呟いて、後を追う烝の足音を聞きながら屯所に向かった。
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