PEACE MAKER

□服の話(その7)
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ベッドに背をもたれかからせて床に座った。

寝たフリをする花に何と声をかけたらええのか分からへん。

「なぁ、俺がおらん間になんかあったん?」

何かあったことくらいもう分かっとるのに。上手く聞き出せずに歯痒い気持ちになる。

「……。」
「黙っとったら分からへんやろ。」
「…別に何もない。」

小さな声でそれだけ聞こえた。
明らかに鼻声。
振り返りたいのを我慢する。

「嘘ついたらあかん。」

後ろでガバッとこちらを見た気配がした。思わず俺もそちらを見ようと動きかけたが、膝に乗せた拳に力を込めて思いとどまる。

「話してみ。」

それだけ言って彼女の返事を待つ。
後ろでは起こしていた上半身を再度ベッドに横たえたんか、俺の背中のすぐ後ろでモゾモゾと動いている気配がする。
寝返りを打ったのか、こちらに顔を向けているようで、首筋にこしょこしょと息が当たる。

「…変なおじさんに、後つけられた。」

長い間待って、やっと、スン、と鼻をすする音と、ボソリと、一言だけ聞こえてきた。

「はぁ?」

ほぼ確信はしとった事やのに、ついこめかみがピクリとひくついて後ろを振り返る。
花は怯えた顔で俺から目を背けた。

「ご、ごめん…」

そう言ってギュッと目を瞑って肩に力を入れる。
段ボールに入れられた仔犬が項垂れているみたいや。
その姿に既視感を覚えて、「あぁ…」と立ち上がりかけた膝を床につける。
3年前の出来事。正直思い出さへんようにしとったけれど、


「あないに偉そうに怒っとって、これか。」


あの時は、腹が立って、しばらくこいつそのものを避けとった。
電話を聞いて引いた血の気、息の仕方を忘れるくらい夢中で走り続けて、公園で1人座る花を見つけたときの安堵。それが全て冗談やと分かったときの裏切られた気持ち。
顔を見るたびに心配かけて、と苛立った。
そないな無駄な感情、意地っ張り、それが今日の結果を生んだんやとしたら。
実際何かあっても結局俺は何も出来へん。家に連れ帰って、言わせたくない事言わせて泣かせて、それどころか「何にもない」と、もう俺のこと頼ってもくれへんようになってしもた。

目の前で固まりになっとる花の額を、右手の甲でそっと撫でる。


「すまん。」



驚いたように目をぱちくりとさせて花が俺のことを見る。

「なんで?」
「気ぃついてやれへんかった。」
「烝のせいじゃないのに…」
「俺が放ってったから。」
「それも別に…」

視線を下に逸らして口をモゴモゴととんがらせる。
さっきまでの怯えた表情はどこかへいった。それにホッとするけど。

…まだ足りへん。




「心配かけてごめんなさい。」

花が口をとんがらせたままチラチラとこちらを見る。

そうやなくて。

右手を花の枕元についたまま、反対の手と、ついでに足も彼女の体の向こう側につく。
上に覆いかぶさるような形になるけれど、もちろんそんなことはせえへん。
反対の手に力をのせて、体を花の奥側に移動させる。
狭いベッドやけれど俺も花も似たような体格やから並んで寝るくらいはできる。

俺が壁側。いつでも抜けられる手前が花。
すぐ横に並んで寝転んで彼女の方を見る。
目を丸くしてまだ天井を向いたままの花の肩を、残していた右手で軽くポンポンと叩く。
あと何センチ近づけるやろうか。

「心配かけたから怒っとんのやない。」


彼女の下敷きになってる掛布ごと引き寄せる。
あと数センチだけ、こっち来い。

「心配させてくれへんほうが堪えるわ。」


気づけば花は俺の喉元まで頭を寄せていた。

「堪忍な。」
「…っ、だからっ、烝のせいじゃないっ…てっ…」

そこから花はワァワァと泣き出した。
怖かった、不安だった、なんで来てくれなかったの、最近考えてること分からない、バカ、アホ、ツンツン眉毛、…最後の方はもう自分でも何言うてるのか分からへんみたいやったけど、とにかく色々と吐き出してスッキリしたのか、急に気まずくなったのか、スースーと寝たフリをし始めた。

その姿がおかしくて暫く放って置いたけど、夕方を知らせる柱時計がなったので、彼女の肩を2,3度揺らして、自分はベッドから降りた。

「今何時…?」
「もう17時や。そろそろ家まで送るから起き。」
「うん…眠い…」

眠いフリを続けようとするのが面白いので、あえて触れずに立ち上がる。

「これ温め直したるから、飲んでから帰り。」
「げ!?何それ!?」

俺は透明なマグカップ、俺の気に入りなんやけど、いつのまにかこいつが自分用として使っとった、に入るオレンジ色の液体を少しだけ揺らした。

「どこからどう見てもオレンジジュースやろ。」
「いやーー!なんでオレンジジュースホットにするわけ!?ヤメテそのまま飲むから!」
「ホットオレンジジュースの旨さを知らん奴がグダグダ言うな。いっぺん飲んでみ。」

ニヤリと笑って障子に手をかける。
後ろでは待って!絶対美味しくないって!と花が騒いどるが軽く無視する。






「…美味いやろ?」
「………………悔しい。」

ホカホカと湯気が上るマグカップを両手で抱えた花がすごく嫌そうな顔でこちらを見上げてくる。
嫌そうやけれど、全部自分で飲んでるあたり美味いんやろう(自分の口に合わなければ容赦なく俺の皿にのっけるのがこいつやから。)。
すっかり空になったマグカップを両手で差し出して

「また作って。」

と小さい声が聞こえた。
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