PEACE MAKER

□勘違い
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明日が誰にも平等にやってくる、そう信じなくなったのはいつからだろう。
それでも願わずにはいられない。いついつまでもこの時が続きますようにー



まだ外は暗い。日の出には少し時間があるようだ。私はもう一度眠りにつきたいという気持ちをおさえてゆっくりと体を起こした。寒さの厳しい時期には辛かった朝も少しずつ起きやすくなったと思う。障子を開ける前に、隣の部屋との間を区切る戸に手を伸ばした。音を立てないようにゆっくりと開いたがその気遣いは無用だったようだ。部屋にはもう誰もおらず、きちんと畳まれた布団が隅に置かれていた。
「相変わらずいつ寝てるのかな」と半分呆れながら自分も布団を畳むと寝巻きから着替え、顔を洗うために障子を開けた。

庭に出て、井戸で水を汲もうとツルベを落とし、縄を引く。寝起きでは思うように力も入らない。のろのろと引っ張っていると後ろから手が伸びてきた。
この場合「おはよう」と「ありがとう」と「おかえりなさい」どれが1番正しいだろうとまだまだぼんやりした頭で考えている間に、つるべは上に上がってきていた。

「ありがとう、おはよう。あとおかえりなさい。」とりあえず全部言っておけば間違いはないだろうという結論をだして振り返る。
縄を持ったまま待っていてくれている山崎烝は、ようやく昇ってきた朝日が眩しいのか眠いのか機嫌が悪いのか分からないような顔でこちらをちらっと見たあと「おう。」と短く応えてつるべを井戸の端においてくれた。
愛想のない返事はいつものことだし、ばしゃばしゃと顔を洗う私の首に手ぬぐいをかけてくれる優しさを知っているから、私も別に不機嫌になることもない。

手ぬぐいで顔を拭きながら烝を見れば、珍しく立ち去ることなく私の支度が終わるのを待ってくれている。
あぁ、なんだか良い朝になりそうだな。と、根拠なく思いながら烝の手を取った。
「手ぬぐいありがと。烝、ちゃんと寝たの?」
と心配してあげたのに
「誰かさんが隣で大きないびきかかんかったらもっと寝れたんやけどな。」
いじわるで返された。

「そんな嫌味ばっかり言ってたらいつか嫌味しか言えない人間になるんだからね」
自分も嫌味たっぷりで返すと、烝は無言でしばらくこちらを見つめたあとため息をついて、それはすんません、と、少しもそう思っていなさそうな顔で呟いた。
「今馬鹿にしたでしょ。」とジトリと睨んで手ぬぐいでペシペシと叩いてみる。
せっかく良い朝になりそうだと思ったのに結局いつも通りだ。

「副長が呼んどった。」しばらくされるがままに手ぬぐいのしっぺを受けていた烝がそう言った。
「今から?」
「朝飯の後でええらしいわ。」
「ふーん。なんだろう。」
「知らん。」
「そりゃそうだよね。ありがと。」
お礼ついでに烝に手ぬぐいを返して、台所へと歩き出した。朝ごはんの支度は私の仕事だ。
「烝ー。朝ごはん食べるでしょ?」
歩きながら声をかけるとまた短く「おう。」とだけ返事が返ってきた。
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