PEACE MAKER

□女の約束
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私が"彼女"に出会ったのは半年前だった。

御用聞きにとお得意様を回り、「おおきに!」と店を飛び出した時、彼女にぶつかった。

「あ、すいませんっ」

と顔を上げるとそこにはものすごい美人が立っていた。

「ええんよ。」

彼女はふわっと笑うと反対に店の中に入っていった。
すれ違う人が皆振り返る彼女の美貌に、私もつい見とれてしまった。

私はその数日後に彼女の正体を知ることになる。

今晩の夕食にと野菜を吟味する常連さんの姿を見て、「あれ?」と思った。

「ねえ歩さん。」
「なんやの、花ちゃん?」
「歩さん、妹さんいたりする?」
「えー、おらへんよー。どうして?」

彼女はここから西に少し歩いた壬生という土地で住み込みで働いているそうだ。
いつもたくさんのお野菜を買ってくれるから、きっと何人もの人が勤めるお屋敷か何かで働いているんだろう。
いつも明るくて、理想のお姉さんってこんな感じなのかなぁとふと思う。

そんな歩が、この前ぶつかった彼女とダブって見えたのだ。
勿論、

「化粧とかもすっごいしてたし、なんとなくなんだけど、似てる人を見かけたというか…」
「うちは化粧っ気が無くて悪うこざいましたねー。」

歩が意地悪く舌を出す。

「いやいや!そうじゃないけど!」
「でもそんなべっぴんさんに似てる言うてくれるんやったら、ウチも化粧してみようかな?」
「それはすごくいいと思う!」

そうしてしばらくどのような化粧をするのが良いか、ひとしきり盛り上がる。

「あかんわ!はよ帰って夕飯作らな!」
「あ!大変!引き止めてごめんなさい。」
「こっちこそ、またよろしくね!」
「はい、ご贔屓に!」

バタバタと歩は帰っていった。
確かに、考えれば考えるほど例の彼女と歩はそっくりだ。
いや、同一人物といってもいいくらいだ。
…だとしたら一体歩は何者なんだろう?

店じまいの準備をしながら私はそんなことをぼんやりと考えていた。


今日は店番は休みなので、少し離れたところにある神社まで歩いて行くことにした。
四条通りを西へまっすぐ歩いていると、ふと歩がこの辺りで働いていることを思い出した。
あたりを散策したい興味はあったが、ここ数ヶ月で聞いた噂が足を止める。

なんでも、江戸からやってきた浪士達が壬生を拠点に好き放題しているとかなんとか。
最近では京都で血なまぐさい話を聞くことも増えてきた。
その手の話にはあまり関わり合いになりたくないのでやはりまっすぐ目的地へと向かおうと踵を返そうとした時、奥の屋敷から見覚えのある女性が出てくるのが見えた。

「歩さん!」

背中に声をかけると、彼女は立ち止まりちらりとこちらを振り向いた。
運良く出会えるなんてついている。
彼女に近づこうと小走りで歩み寄ろうとしたが、あと一歩というところでつまづいてしまった。
足がもつれて彼女に倒れこむように体重をかけてしまう。

「ご、ごめんね歩さ…ん?」

顔を上げるとしかめっ面をした歩が見下ろしていた。

いや、"彼女"は歩ではなく、この前の歩のそっくりさんではないか。
ものすごく美人なのだが、美人なだけにこちらを睨む顔からはものすごい圧力を感じる。

「あ、あの、すみません。失礼しました。」
「ええんよ。」

そう言って立ち去ろうとする彼女の手を私は思わず掴んでいた。

「あの!…歩さん、じゃないですよね?」
「誰やの?知りまへんわぁ。」
「知らないですか…てっきり歩さんの妹さんかなって思ったんです、すごく似ているから。」
「悪いんやけど、手離してもろうても構わへん?」

露骨に嫌そうな顔をしている彼女には、確かにいつも笑顔の歩の面影はない。
他人の空似だったのかとガックリ手を離したところで、後ろからクスクスと笑い声がした。

「あーもう、花ちゃんたらほんまにおかしいわ」
「あれ?歩さん!?」
「こんなところで会うやなんて奇遇やね。あんたもこんだけ私の顔よう知ってる子に、じっくり顔見られて似てる言われて、他人やなんて無理があるんとちゃうの?」

ニコニコと私の肩に手を置いたまま、歩は私のさらに奥に立っている例の彼女に声をかけた。

「あの、やっぱり歩さんのお知り合いだったんですか?」
「あのね、花ちゃん、詳しいことは私が教えてあげるから今日見たことは内緒にしてくれる?」
「はぁ…分かりました。」
「ええ子やね。ほな、あんたもはよ行き。」

振り返るともう彼女はスタスタと大通りへ歩き始めていた。

「今日は仕事?」
「ううん、ちょっと散歩で。」
「そっか。そしたら一緒についていってもかまへん?」
「勿論です。」

しばらく歩いて当初の目的地であった神社の境内に着くと、ひとまず参拝を済ませる。
商売繁盛。
隣をちらりと見ると歩も熱心にお参りをしている。彼女は何を願っているのだろう。

そのまま縁側に腰をかけると歩が「ねぇ」とこっちを向いた。

「花ちゃんは何をお願いしたの?」
「そりゃ商売繁盛ですよ。」
「そっか。ここお稲荷さんやもんね。」
「歩さんは?」
「うち?内緒。」
「え!ずるいですよ!」
「だって、人に喋ったらお願い事叶わへんって言うやん?」
「そんなあ。」

大げさに肩を落とした私をみて歩はクスクスと笑う。

「堪忍ね。そうならへんようにうちがいっぱい買うたるから。なんせうちの男どもはよう食べるし。」

歩が楽しそうに言う。

「歩さんが働いているお屋敷の方ですか?」
「嫌やわ、お屋敷やなんて。うちそんなこと前に言った?」

私は黙ってうなづく。

「ふふふ、そんな立派なご身分の人たちちゃうのよ。でもそうやねぇ。とっても強くて、京都の人たちから少し嫌われとるかなあ?」
「そうなんですかぁ。」
「でもね、出来たら花ちゃんには嫌わんといて欲しいんよ?」
「はぁ、分かりました。」
「花ちゃんはええ子やねぇ。ほんまの妹みたいや。」

歩が私の頭をぽんぽんと撫でる。
私は歩の言葉が気になって聞き返した。

「ほんまのって…さっきの人は妹じゃないんですか?」
「そうなんよ。実はね…」

歩が私の耳元でこの世界の始まりの秘密を告げるかのようにそっと囁く。

「弟なん。」
「えぇー!?」

私は驚きのあまり大きな声を出してしまった。
あの美人さんが弟?…
すぐそばで大きな声を出されたにもかかわらず歩は可笑しそうにクスクス笑っている。

「あ、ごめんなさい、ちょっとあまりにも意外で。」
「ええんよ。そんな完璧に女子にみえたってことやもんね。」
「はい…全く疑わなかったです…」
「あの子は仕事の関係でああいう格好してるの。かつら取ったらなかなか美男子なんよ。出来たら仲良くしたってね。」

また面白そうに歩が笑う。

「そんなこと言って…なんか私すごく睨まれましたよ?」
「睨んどった?あの子だいたいいつもあんな顔やもん。気にせぇへんといて。」
「そんなぁ。」
「無理にとは言わへんけど、また会うたら、ね?」
「分かりました。」
「ただね、あの子の仕事は秘密なことが殆どやの。目立たへんように姿バレへんようにああいう格好してるから、そこは気ぃ使ってな?」
「へぇ。変装なんてなんだか忍者みたいですね。」

一瞬の間があいた。

「…え?」
「まぁ、花ちゃんのこと信用してるよ。もし情報が漏れるようなことあったら、うちとこの怖い鬼さんが黙ってへんやろうし。」
「えぇぇぇ。そんな話…知らなきゃ良かったです…」
「堪忍ね。でも私のことよう知ってる花ちゃんに、街中であの子が声かけられたりしたら困ったことになる可能性もあったから先に話しておこうって思ったんよ。」

そういって歩は立ち上がった。

「1人でも多く周りに人がおった方がええと思うの。だからね、お願い。」

"誰に"とは言わず、姉の顔をした歩は微笑むともう一度私の頭を撫でた。

「さ、帰ろ。」

私も立ち上がる。

「あ、そういえばもう一つ聞きたいんですけど、歩さんが働いてるのって…」
「言ってへんかったかな?ふふ…新撰組。」

コソッと小声で呟いた歩は、衝撃で固まっている私を置いて楽しそうに去っていった。
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