PEACE MAKER

□蛍
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「ねぇ!思ったんだけどさ!」


襖が勢いよく開いて花が入ってきた。満面の笑顔で、少し興奮気味に肩で息をしている。
そのまま俺の座ってる隣まで来ると、ぴょんと跳ねるようにそばに座った。

俺はわざとそちらを見ずに本を読み続ける。
花がこうして何かを「思いつく」ときは大概ロクでもないことになる。
せやったら初めから聞かない方がえぇ、多分。

「ねぇ、烝ー?」

早く話したくてしょうがないんか、俺の着物の袖をつまんで引っ張っている。
それでもここは根気比べやから無視を続ける。
袖を引いても意味が無いと悟ると、次は俺の腰にまとわりついてくる。正直かなり鬱陶しいが、ここで目を合わせたら終わりや。
しばらく下から俺の顔を覗き込んでた花は、俺の正面に回り込んできちんと姿勢を正すと、子供のように右手をピンとあげた。

「はい、烝さん!お話きいてくれませんか?」

思わずそちらを見てしまった。なんやねん、それ。

「良いですか?」

真面目な顔のまんま首をかしげる花に思わず返事をしてしまう。

「はい、どうぞ?」
「やった!」

しまった、今回も負けてしもうた。
花の思いつき話を聞かん方がえぇ、と毎回思うんやけど、結局こうしてあの手この手を使われて、花の話を聞いてしまうことになる。だから、聞かん方がえぇ、というのはただの想像にすぎない。

聞く、と決めたからには読んでいた本を閉じて花の方に向き直る。
花の口調を真似て丁寧に喋る。

「それで何ですか?」
「えへへー、蛍を見に行きたいです!」
「蛍?」
「そう!今日!」
「今日ー?」

また、突然な話や。

「だって蛍の時期って短いんでしょ?昨日山南さんが見かけたんだって!これはすぐ見に行かなくちゃでしょ?」

まあ一理ある。
それに突然ではあるがなんだかんだまともな提案やったので付き合ってやることにする。

「かまへんよ。」
「やったあ!それでね?烝には女装して欲しいんだけど。」
「は?」

前言撤回。まともやなかった。

「却下。」
「却下ダメ!」
「あかん。」
「あかんもダメ!聞いて!理由あるから!」
「どうせ大した理由とちゃうんやろ?」

ため息とともに冷ややかな目を向ける。

「そんなことないから!まとも!聞いて!」
「聞かんでも分かる。」
「分からないでしょーが!」
「ほー。じゃあ聞こか。まともやなかったら蛍自体行かへんからな。」

うっと詰まる声が聞こえる。
ほら見ぃ。

「あ、あのね?山南さんがね?『明里と見たいものだね』って言っててね?」
「それがなんで俺の女装になるんや。」
「いやー、明里さん?が島原から出てくるのは無理だけど、烝だったらきっとおんなじくらい美人に変装できるんじゃないかなーって。山南さんにそれで手を打ってもらおうかな…」
「打てるか阿呆。」

まったくもってくだらなかった。

「いやでもやってみなきゃ分からないじゃんか!意外にツボにハマるかもしれないでしょ?…それに私も久しぶりに烝の女装が見たい。」

どうやら本音はボソッと呟いた後者にあるらしい。
部屋に降りた沈黙を、勢い良く開いた障子が切り裂いた。
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