PEACE MAKER
□服の話(その6)
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エスカレーターで降りようとしたときにその異変に気付いた。
なんか後ろの人、近すぎない?
最初は急いでるのかなと思ったんだけど、それにしてはエスカレーターで片側に立って先を譲ったのに抜かさない。
ピタリと一段後ろに立ったままだ。
変だなと思いつつそのまま1階分はやり過ごす。
次もくっついてきたら…ビンゴだ。
次のエスカレーターをタンタンと歩きながら下る。
自分で思っている以上に早足になっていた。
なのに後ろの影もピタリとついてきた。
これはヤバイやつだ。
チラリと後ろを振り返ると、先ほど店内にいたおじさんだった。
こういうときは兎に角人が多いところにいないと、動揺する頭でなんとかそう考えて人混みを縫ってデタラメに歩く。
今何階にいるのか、どこにいるのか自分でもよく分かっていない。
ぐるぐると歩き続ける。
でもいつまでこうしていれば良いのか分からない。
後ろの気配はなくならない。
自然と泣きそうになるし、どうしようどうしようとぶつぶつと呟く。
さっきまではなんとも思わなかったのに足もズキズキと痛くなってきた。
そこに着信音が鳴った。
ディスプレイには烝の名前が。
夢中で通話を押して大きな声で聞いた。
「今どこにいるの!」
「どこって…さっきの店やけど。」
私の剣幕に少しびっくりした様な様子で答える。
入れ違いだったのか。
後ろを見るとさっきまでくっついていた人影はもういなかった。
烝の着信に助けられた。
*
『花ちゃんは元気?』
「この前帰った時も聞いてへんかった?…まぁ相変わらずやな。」
『だって一人暮らしなんて心配なんやもん。ちゃんと様子見たり?』
弟の方は心配では無いのか。
…姉上と俺は子供の頃は姉弟仲はあまり良くなく、「うちのことは姉と思わんでええ」とまで言われたこともある。
最近はそうでもないけど。
『大学生になったんやし、花ちゃんもだいぶオシャレになってきたんとちゃう?今度一緒に買い物行きたいわー。」
男(幼なじみ)に服を選んでもらうくらいにはオシャレやなぁ。と皮肉じみたことを思う。
とりとめない会話をポツポツと続けて「次帰って来るときは花も一緒に連れて来るように」との言葉で電話は切れた。
先ほどの店に戻ると店内に花の姿がなかった。
まだ試着室に入っているのか?と思い店内に入ると、花が捕まっていた店員が近寄ってきた。
「おかえりなさいませ〜。あ、彼女さんですか〜?彼女さんなら彼氏さん探しに行かれましたよ〜?入れ違いになっちゃいました〜?」
こちらが何も言わへんままに必要な情報は得られた。
連絡をしようとスマホを取り出すと、着信が入っていた。
折り返して掛け直し、店の前で待っていると伝えた。
しばらく待っていると背中にトン、と衝撃があった。
首だけで後ろを振り返ると花が立っていた。
俺の背中にピタリとおでこをくっつけてボディバッグのベルトを握りつぶしている。
「どこ行っとったん?」
「烝いなかったから。」
小さくそう答えた。
「すまん、姉上から電話かかってきとった。」
そこで花は顔を上げると、何か言いたげな顔をして黙り込んだ。
「どしたん?」
「…別に。」
「怒っとんの?」
「怒ってない。」
またプイと下を向いてしもた。
ついさっきまであんなにニコニコしとったのに…
こいつの機嫌は本当にすぐ変わる。
そう言えば電話の声も少し怒っとったような気がする。
はぁ、とため息をつく。
素直なところは彼女の長所でもあるが、もう少し気持ちの波が安定してくれても良いのに。
「一旦どこかカフェ入らへん?」
甘いものでも食べたら少しは機嫌が良くなるやろ。
…せやけどさっき甘いもの食べたばかりか…。
「いや、いい!大丈夫!続きいこう!」
そういって彼女は店内にまた入っていった。
*
烝の背中を見つけたとき、安心感で一杯になった。
同時に泣き出しそうになったものだから慌てて烝の背中に顔をくっつけて隠してしまった。
下手に喋ると声でバレそうだから返事も短くすます。
烝に報告してしまおうか、そう思って顔を上げるけれど、なんて言ったら良いのか分からずにまた口を閉じる。
ハァ…。
小さくため息が聞こえた。
私が面倒くさいから困っているんだ。
また心配かけるようなことしたら。
何度か目をパシパシと瞬きして、自分の手のひらをぎゅっと握る。烝のほうを見ないまま店に入った。
「大丈夫!続きいこう!」
せっかく貴重な休日を割いてくれているのだ。
藤堂先輩の件もあったのにこれ以上烝に迷惑かけちゃいけない。